EP15「バエる!(3)」
ひったくり犯が連れていかれたあと、祭りはすぐに元のにぎやかさを取り戻した。
音楽。
笑い声。
屋台の呼び込み。
ミーナとシャルルも祭りに戻り、人の流れの中を歩いていた。
そのとき、後ろから声がかかった。
「あの……すみません。」
ミーナが振り返る。
そこに立っていたのは女性だった。
「さっきの……見ていました。」
「え?」
「呪文魔法、使えるんですか?」
ミーナは少し戸惑う。
「えっと……まぁ、少しだけ……」
女性は一歩近づき、ミーナの手を握った。
「助けてほしいんです!」
シャルルの尻尾がぴたりと止まる。
「……怪しいよ。」
小声で言う。
「ついていくの?」
ミーナは女性を見る。
「どうしました?」
女性は困った顔をした。
「……私の子どもが困っていて。
お願いします!あの子を助けてください!」
ミーナの表情が変わる。
「子ども?」
シャルルがため息をつく。
「ミーナ。」
ミーナは少しだけ迷ったが、うなずいた。
「行きます。」
女性はほっとした顔で歩き出す。
「ありがとうございます。
一緒に来てください。」
祭りの通りから一本外れた路地へ入る。
音楽が遠ざかる。
人の声も少なくなる。
路地の奥に、黒いローブの男が立っていた。
ミーナが足を止める。
女性が静かに言った。
「連れてきました。」
ミーナはシャルルを見る。
シャルルは目を細めていた。
男がゆっくり口を開く。
「呪文魔法を使えるそうだな。」
ミーナは答えない。
男は続けた。
「その力は、テオ・オルダイスに仕える者にこそふさわしい。」
「テオ・オルダイス?」
ミーナは聞いたことない言葉に首をかしげる。
男は静かに言う。
「言葉とは本来、命令だ。」
男の声が低くなる。
「短く、強く、確実に世界を動かす言葉。
それが真の言葉の力だ。
テオ・オルダイスは、その力を人に与えた神だ。」
男はさらに続けた。
「今の世界は間違っている。
言葉に感情などいらない。
命令だけでいい。
短く、強く、世界を動かす言葉。
それこそが、テオ・オルダイスの教えだ。」
男の声がさらに低くなる。
「テオ・オルダイスこそが真の建国の神。」
そのとき、シャルルが低く言った。
「いいか、ミーナ。
言の座にはテオ・オルダイスという神はいない。」
ミーナはシャルルを見て、思わず言った。
「……テオ・オルダイスは神じゃないの?」
空気が凍った。
女性の表情が歪む。
男の目が鋭くなる。
「……なんだと?」
男の声が落ちる。
「今、何と言った?」
ミーナははっとして口を押さえる。
シャルルは静かに言った。
「そうだよ、ミーナ。
もうテオ・オルダイスは言の座の神じゃない。」
男の顔から笑みが消える。
「……なるほど。」
ゆっくりと手を伸ばす。
“gust!”
突風が吹く。
ミーナの体が後ろに押された。
「わっ!」
女が壁に手を向ける。
“shatter!”
壁に衝撃が走る。
上のレンガが崩れた。
「危ない!」
ミーナは横に転がって避ける。
レンガが地面に落ちて砕けた。
ミーナは慌てて叫ぶ。
「シャルル!私生活魔法しか知らない!」
「どうにかするしかない!」
「どうにかって!?」
シャルルが叫ぶ。
「ほら、バーンとかドーンとか!」
「そんな雑な!?」
二人は路地の中を逃げ回る。
男が手を突き出した。
“push!”
見えない力がミーナを押す。
「うわっ!」
バランスを崩す。
ミーナはレンガにつまずいて転んだ。
その上で壁がまた揺れる。
“shatter!”
レンガが落ちてくる。
「危ない!」
シャルルが飛び出そうとする。
ミーナはシャルルを見た。
レンガが落ちる。
「だめ!」
反射的に叫んだ。
"STOP!"
シャルルの動きが止まる。
一瞬の静止。
シャルルが歯を食いしばる。
「……クソッ!
“MOVE!”」
自分に呪文をかけ直し、ミーナに駆け寄る。
ミーナはギリギリでレンガを避けて立ち上がった。
そのとき。
男がシャルルに向かって手を向ける。
“push!”
その言葉がミーナの耳に残る。
push……押す。
ミーナは思わず叫んだ。
"push!"
空気が弾ける。
二つの力がぶつかり、パチンと音を立てた。
ミーナが目を丸くする。
「……出た。」
そのとき、手に握っているものに気づいた。
赤い杖。
「……そうだ。」
ミーナが呟く。
「これ!」
杖の先を向ける。
"spark!"
魔石が光る。
火花が弾けた。
信者たちの視界が一瞬白くなる。
「くっ……!」
ミーナは勢いのまま叫んだ。
「なんかほら!罰ゲームのビリビリしたやつ!!」
シャルルが叫ぶ。
「それ呪文じゃない!」
ミーナが叫ぶ。
「electricity!」
杖の魔石が激しく光った。
シャルルが杖を見る。
「……sparkの魔石が共鳴してる。」
火花が走る。
空気が震える。
バチッ!!
信者たちの体が跳ねた。
「ぐっ……!」
ミーナ自身も驚いていた。
「……出た。」
男たちは顔を見合わせる。
舌打ちする。
「……覚えておけ。」
次の瞬間、路地の奥へ逃げていった。
静寂が戻る。
ミーナは杖を見つめた。
「……これ。」
シャルルが呟く。
「子ども用の玩具なんだけどね。」
ミーナは真剣な顔で言った。
「いい買い物した。」




