EP13「バエる!(1)」
ロゴルメリア王国建国祭の朝。
まだ太陽が顔を出す前なのに、ロスペリアの街はもう目を覚ましていた。
通りには花飾り。
家と家のあいだには色とりどりの旗が張られている。
風に揺れる布が、朝の空気の中で軽やかに鳴った。
遠くから音楽も聞こえてくる。
普段より少し浮き立つ空気の中で、レストランの厨房はもっとにぎやかだった。
「ミーナ、準備は間に合いそうか?」
鍋をかき混ぜながらアーサーが声をかける。
「あと一回焼けば終わりです!」
ミーナは鉄板の上に並んだ小さなパンを見つめた。
この街でよく見るパンは、大きな丸い塊のものばかりだ。
みんなでちぎって食べるためのパン。
でもミーナが焼いているのは、それとはまったく違う。
一口サイズの丸いパン。
小さく息を吸う。
“bake”
指先から柔らかな光が広がる。
鉄板がほんのり温まり、パンの表面がゆっくり色づいていく。
ふわり。
甘い匂いと香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がった。
「よし、成功!」
ミーナは思わずガッツポーズをした。
「ほんとに小さいパンだねぇ。」
エマが覗き込む。
「それがいいんです!」
ミーナは焼きあがったパンを次々に机へ並べていく。
ウインナーをまいた赤いパン。
バジルとチーズの薄緑。
リンゴの金の甘いパン。
そして青にしたかったブルーベリーは、紫に近い色になってしまった。
四つの色の小さなパン。
「名付けて――4色パンです!」
ミーナが誇らしげに言うと、横でシャルルがリンゴパンをくわえた。
「味見。」
「ちょっと!」
二つ目。
「味見。」
「シャルル!」
三つ目。
「味見。」
ミーナが慌ててパンを守る。
「三つは味見じゃない!」
シャルルはもぐもぐしながら言った。
「僕は味の確認しているだけだよ。」
「それは商品チェックじゃなくてつまみ食い!」
ミーナはため息をつきながらパンを串に刺していく。
上から順に、
赤。
緑。
金。
青。
小さなパンが四つ並ぶと、まるでカラフルなお団子みたいだった。
シャルルが目を細める。
「……パンを串刺し。」
「うん!」
「パンを?」
「うん!」
「串刺し?」
ミーナはにっこり笑う。
「お祭りといえば串焼きじゃん!」
ミーナは串を一本掲げる。
「ほら、かわいくない?」
シャルルは少し考えてからうなずいた。
「……確かに目立つね。」
「でしょ!」
ミーナは胸を張る。
「どこの世界でも“バエる”のは強いの!」
「バエる?」
「見た瞬間、テンション上がるやつ!」
「なるほど。」
シャルルは静かに言った。
「ミーナの言葉はいつも便利そうで雑だね。」
「雑じゃない!」
そのとき、窓から朝日が差し込んだ。
東の空が赤く染まり、厨房の床にも赤い光が落ちる。
「今日はロスペリアもにぎやかだねぇ。」
エマが窓の外を見ながら言った。
「王都ほどじゃないけどさ。
でも建国祭は、この街でも一年で一番人が集まる日だよ。」
ミーナは串をずらりと並べてうなずいた。
「よし、屋台準備しましょう!」
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店の前に机を出すと、通りはすでに人でいっぱいだった。
観光客。
子どもたち。
屋台を準備する人たち。
街をスケッチする人も見える。
花飾りの下を、音楽が流れている。
ミーナは机の上に4色パンを並べた。
「いらっしゃいませー!」
最初に立ち止まったのは、若い女性の観光客だった。
「かわいー!」
思わず声が上がる。
「それ何?」
「4色パンです!」
ミーナは一本持ち上げた。
「四つの味が楽しめます!」
女性たちは顔を見合わせる。
「食べてみたい!」
「かわいい!」
「一本ください!」
ミーナはすぐに渡した。
「ありがとうございます!」
女性たちは楽しそうにパンをかじる。
「おいしい!」
「これ、チーズだ!」
「りんごもある!」
「かわいいし美味しいとか最高の食べ物だね!」
ミーナは思わずシャルルを見る。
シャルルが小さく言った。
「”バエる”ってことね。」
それからは止まらなかった。
「これください!」
「4本!」
「友達の分も!」
串はどんどん減っていく。
スピードアップした音楽にあわせて、人の流れも速くなる。
奥の通りでは、もう屋台の煙も上がり始めていた。
さっきまでスケッチしていた人も、別の場所へと移動していた。
ミーナの動きも慌ただしい。
「完売です!
ありがとうございました!」
最後の一本を渡すと、机の上は空っぽになった。
「すごいじゃないか。」
エマが笑う。
「予想以上だねぇ。」
ミーナは思わずガッツポーズをした。
「やったー!」
でもすぐにエマに呼ばれる。
「ミーナ、中を手伝っとくれ!」
「はーい!」
ミーナは急いでレストランに戻った。
店内は観光客でいっぱいだった。
料理を運び、皿を下げ、席を案内する。
店の中を走り回るうちに、気づけば昼を過ぎていた。
「ありがとうございました!」
そして少し考えてから言った。
「よい建国祭を!」
客は笑って手を振った。
店の扉が閉まる。
外からは祭りの音楽が聞こえてくる。
エマがミーナに小さな袋を渡した。
「はい、今日の分だよ。」
中には硬貨。
ミーナは目を丸くした。
「えっ、いいんですか?」
「屋台も大好評だったろ?」
ミーナは笑った。
「ありがとうございます!」
シャルルが尻尾を揺らす。
「さて。」
ミーナもうなずいた。
「祭り、行こう!」
二人はにぎやかな通りへ飛び出した。




