第4話 歓迎パーティー
「ようこそ、おいでくださいました。セリーナ様!!」
まさかの大歓迎に声を出すこともできずに馬車の窓から外を覗くセリーナには、老若男女問わず、大勢の人が手を振ってくれていた。
大通りを凱旋した馬車は王都の最奥にある王宮の前で停車し、セリーナはここまで護衛を務めてくれた騎士に促されて歩き出した。
振り向けば、サチュナ王国民がまだ歓声を上げてくれている。ジャマガン王国とは違った活気があって自然と頬が緩んでしまった。
両頬をぺちんと叩いて、背筋を伸ばす。
ヴィンストン伯爵家で徹底的にしごかれた社交能力を活かして王宮の中へ入ったセリーナは、休む暇もなく謁見の間に案内された。
「ジャマガン王国より参りました。セリーナでございます。この度はこのような場を設けていただき、感謝申し上げます」
「大層な挨拶大義である。国を挙げて貴殿を歓迎しよう」
玉座に座る国王と王妃に向かって、何度も頭の中で練習した挨拶を行ったセリーナは労いの言葉をかけてもらえたことに安堵した。
「この国の実情は追って聞いてもらうとして、まずは長旅の疲れを癒やされよ」
「勿体無いお言葉です」
セリーナは国王の言葉を社交辞令だと受け取った。
自分は買われた身なのだから奴隷のような扱いを受けても仕方がない、殺されるよりは断然ましだと自分を納得させた。
王都のお祭り騒ぎは今日限りで、明日からは無理難題の仕事三昧だと思っていたセリーナは良い意味で裏切られることになった。
◇◆◇◆◇◆
「聖女セリーナ様! よくぞ、サチュナを救うために来てくださいました!」
その日の夜に王宮のパーティー会場で開かれた歓迎会は類を見ないものだった。
大はしゃぎでセリーナの元に来たのはサンダルと名乗った聖女教会の司教だ。彼の後ろにはサチュナ王国の教会関係者が勢揃いしていた。
「これからセリーナ様のお手伝いをさせていただきます。今宵は新たな仲間たちとの交流を深めてください」
「あ、ありがとうございます。こんなに大規模なパーティーは初めてでどうすればよいのか……」
言い終えてから、はっとして口を閉じる。
マリアベルの代役だったとしてもセリーナは聖女認定された女性だ。サチュナ王国民は、聖女がパーティーに出席したことがないなんて考えもしないだろう。
それなのに失言してしまった。
(もう! 出国してから気が緩みすぎ。マリアベルに似せたメイクをしていても、気持ちの作り込みが甘いとこうも調子が狂ってしまうの?)
歓迎パーティーの主役であるセリーナは当然メイクをされることになったが、「普段から自分でしているので」と断り、馴染みのあるマリアベルと同じメイクを施した。
このメイクをしているから、少しばかりは自信を持って人前に出ることができる。
しかし、すっかりマリアベルに扮することに慣れていたセリーナは今更、「好き勝手に生きろ」と言われても以前の自分がどうしていたのか分からなくてなっていた。
「当初は教会の聖堂で開催予定だったのですが、国王陛下がもっと大々的に執り行うようにと仰ってくださいまして。ご覧の通りです」
会場には大勢の貴族も参列しており、壁際でひっそりサンダルと話しているセリーナとお近づきになる機会を狙っていた。
「お疲れでしょうから機を見てセリーナ様にはお休みいただきます。少しばかり貴族のお相手をお願いできますか?」
「え、えぇ」
断れるはずがない。
それから先、セリーナの元には我先にと貴族たちが訪れ、自己紹介と統治する領地の困りごとを言っては去っていった。
(す、すごい勢いだわ。夜会ってこんな感じなの!?)
ジャマガン王国に召喚された直後のセリーナは人々に素顔を知られないように王宮で大切に扱われたが、ヴィンストン伯爵家に引き取られた後も屋敷に籠もることが多くなり、パーティーに参加する機会は一切与えられなかった。
そういう理由があって、初パーティーは驚きの連続だった。
(疲れた。このお野菜、シャキシャキしてない)
壁際に戻り、みずみずしくないサラダを食べていたセリーナの元に大急ぎのサンダルがやってきた。
「申し訳ありません、セリーナ様! どうしてもお会いしていただきたい方がいらっしゃいまして」
「あ、はい」
「ジャマガンの聖女様ってのはこの人か!」
サンダルを押しのけてセリーナの顔を覗き込んだのは、無邪気な笑顔が眩しい美青年だった。
サラサラの金髪に紺碧の瞳の彼はまるで絵画から抜け出してきた王子様のようだ。
「……は、はじめまして」
「ヨハンだ。よろしくな、聖女様」
「セリーナです」
呆気に取られながらも挨拶できた自分を褒めたいと思った矢先、サンダルはとんでもないことを言い出した。
「ヨハン殿下、セリーナ様が驚かれてしまいます」
殿下……と頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。
「し、失礼しました!」
事態を理解するよりも早く反射的に頭を下げていた。
上位貴族に対しては目下の人間から挨拶を行ってはいけないしきたりだ。それが王族でなれば尚のこと。
(耳にタコができるほど言い聞かされたはずなのにっ)
またしても大きな失敗をしてしまったことを悔いるセリーナは頭を下げたままで唇を噛み締めた。
「頭を下げるのはこちらの方だ。金であなたを買うなんて最低な真似をしてしまった。サチュナのために母国を出てくれたセリーナ嬢には最大限の敬意を払う。古いしきたりなんて気にするな」
顔を上げたセリーナが信じられないものを見るように目を見開く。
すっかり、こっちの世界に慣れてしまったセリーナにとって、ヨハンの発言は常識を覆すものだった。
「セリーナ嬢は何が好きだ?」
「好き、とは……食べ物のことですか?」
「食べ物でも、嗜好品でも、なんでもいい。セリーナ嬢にはできるだけ好きなように生活してもらいたい。そうだろ、サンダル」
「心得ております」
好きなこと、と言われてもピンとなかった。
これまで異世界からきた聖女であることと、マリアベルの代役であることを強要させられてきたセリーナに自由な時間はなかった。
かつては好きなものの一つや二つはあったのだろうが、それがどうしても思い出せない。
(わたしの好きなことってなんだろう。早く答えないといけないのに)
焦りが募る。
即答できなければ、「そんなことも分からないのか!」と叱られてきたからこその焦りだった。
「あ、あの、わたし――」
「殿下、セリーナ様はお疲れです。回答はまた後日ということでいかがでしょうか」
サンダルの助け船に、ほっと胸を撫で下ろすと同時に自分が情けなくなった。
「そうか、そうだな。すまん。困らせるつもりはないんだ」
「申し訳ありません、殿下。少し時間をいただきますが、必ず答えを出させていただきます」
「そんなに畏まるなって。簡単な話さ」
(簡単……そうだよね。普通なら自分の好きなことくらい簡単に言えるよね)
サンダルに連れられ、歓迎パーティーを途中退室したセリーナはサチュナ王国が用意した屋敷に送り届けられた。
「こちらがセリーナ様のお屋敷になります」
「……大きいですね」
「セリーナ様の生活をサポートするためのメイドや執事、コックなどを配置させた結果です。家具も一式整えてありますが何か不足があればお申し付けください」
あまりの待遇の良さに驚きつつも、長距離移動と慣れない異国でのパーティーが立て続いたセリーナはすぐにベッドに倒れ込んだ。
今日は聖女の力を一度も使っていないのに眠気に耐えられない。油断すると、すぐに瞼が閉じてしまう。
「聖獣がいなくなったからかな」
異世界召喚後、契約させられたイグニスと寝食を共にしてきたセリーナが、こんなにも強烈な睡魔に襲われるのは初めての出来事だった。
(サチュナ王国の人たちもヨハン殿下もいい人だったな。でも、ダン殿下だって最初はいい人だったからな。簡単に人は信じてはいけないんだよ、気をつけよ)
そんなことを考えながら、セリーナは眠りに落ちた。




