第26話 ロイハルドの真意
セリーナはイグニスとマシュガロンⅢ世に連れ去られることなく、サチュナ王国に戻った。
「長旅の後で申し訳ないんだけど、大切な話があるから一緒に来てくれ」
「え、あ、はい」
馬車内でヨハンとイグニスの自分に対する想いのぶつかりの一部始終を聞いていたセリーナが動揺するのは当然のことだった。
なぜ、あの状況で聞こえていないと思えるのか。
それとも、聞こえていること前提で開き直っているのか。
セリーナはヨハンの気持ちを読み解けずに、イグニスを抱いたまま後を追おうとしたのだが……
「兄貴に報告に行こう。無事にセリーナ嬢と帰って来たし、ジャマガン王国の収拾をつけてもらわないといけないし」
ヨハンはくそ真面目さを発揮させていた。
拍子抜けして体から力が抜ける。
緊張で固まっていた表情筋が一気にほぐれた。
「ふふっ」
「ん? どうした? 何か面白いことがあったか?」
本当に分からない、といった顔を向けるヨハンを見て更におかしくなった。
「い、いえ。あまりにも……ふふっ。ヨハン殿下らしくて」
「なんだよ、それ。分かるように言ってくれよ」
そんな2人の姿をセリーナの腕の中から見上げるイグニスは値踏みするようにじっとヨハンを凝視していた。
ヨハンと共にロイハルドの部屋を訪れたセリーナがジャマガン王国の現状を伝えたが、ロイハルドの返事は上の空で、まるで最初から知っていたかのような反応だった。
「ご苦労だったヨハン。少し外してくれるか」
「オレもセリーナ嬢と話があるんだよ。そっちこそ控えてくれ」
「極めて重要な話だ。時間は取らせん」
兄には逆らえないらしい。
ヨハンは渋々といった様子で頷き、セリーナに一言添えてから退室した。
「ジャマガン王家は滅亡した。希望したジャマガン王国民の受け入れは順調だが、問題は誰があの国を統治するのかという点に尽きる。各国首脳会議は大荒れだろう」
「全てロイハルド殿下の筋書き通りということですか?」
「まさか。キミのために立てた計画はキミのせいで崩れて、立て直しを余儀なくされた。間に合ってほっとしているというのが素直な気持ちだ」
そう言うとロイハルドが立ち上がり、深々と頭を下げた。
「数々の非礼をお詫びする」
「へ……?」
訳が分からず、素っ頓狂な声しか出なかった。
「許してくれとは言わない。我はキミが無事ならそれでいい」
「えっと、どういうことですか? わたしが無事ならって、ちょっと意味が分からなくて」
ずっと下げ続けている頭を上げさせるのには苦労した。
やっと顔を上げてくれたロイハルドは晴れやかな表情をしていて、以前のように取り繕った悪人面ではなかった。
「やっとお顔を見せてくださいましたね」
「――ッ!?」
ロイハルドがとっさに顔を隠す。
思えば、セリーナと初めて会った時からロイハルドは素顔を晒していなかった。
気を緩めると怖じ気づいてしまいそうで、セリーナの前ではいつも無理矢理、仮面を被っていた。
「もしかして、殿下はわたしのことを知っていたのですか?」
その問いかけにロイハルドは小さく頷いた。
「幼い頃に一度だけ会っている。あの時のキミは代役だった。でも、本物のマリアベルとは違ったんだ。ほんの数時間前にマリアベルには会っていたからすぐに分かったよ。それで、王宮にいた大人に聞いたんだ。マリアベルは2人いるのかって――。そしたら、異界から呼び寄せた子がもう一人いるって口を滑らせたんだ」
セリーナの記憶を辿っても幼少期のロイハルドに会ったことは思い出せない。
それもそのはず、セリーナはマリアベルの真似を強要され、この世界の常識や礼儀作法を叩き込まれていた時期だ。
いつどこで誰と会ったかなんて些細なことを覚えていられる余裕はなかった。
「最初は興味本位だった。異界とは何だ? どうやって人間を連れてくる? 何故、連れてくる? 我ながら好奇心旺盛な子供だったと思うよ。あちこちから書物をかき集め、読み漁った」
セリーナはじっとロイハルドを見つめる。
その瞳は「どうしてそこまでするのですか?」という疑問を投げかけているようだった。
「救い出したかった。あんなにも苦しい顔でマリアベルを演じるキミを。だから、必死に考えた。どうすればキミを救い出せるのか。どうすれば大人たちを納得させられるのか。答えは簡単だったよ」
ロイハルドはかつてないほど、穏やかに笑った。
「国を発展させればいいいんだ。何もかもを投げ捨てて、サチュナ王国のことだけを考えるようになった。そして、やっと我の声に耳を傾けてくれるようになった父に進言したのだ。ジャマガン王国の聖女がいれば、もっと国は安定するとな」
「それで、わたしを……?」
「そうだ。ヨハンには非人道的だと言われてしまったが、キミをジャマガン王国から連れ出す手立てが他に思い付かなかった。本当も申し訳なかった」
「でも、国家予算規模を出すなんていくらなんでも」
過去の苦労を懐かしむようにロイハルドが目を細める。
「ジャマガン王国にいた頃のキミの能力は全部調べた。だから、聖女セリーナが我が国に来た場合の利益を数値化して父に進言し、許可を得た。ヴィンストン伯爵がどういう男かも調べ尽くしていたから、娘が欲しいと言えば、きっとキミを身代わりにすると踏んでいた」
どんどん熱を帯びていくロイハルド。
「キミは我の想像通りの働きをしてくれたが、想像を超える能力まで発揮し始めた」
「それが、"聖女のギフト"ですか?」
「そうだ。アレには強い依存性がある。史上最悪の聖女ドグマルチーナという人物を知っているか?」
「いえ、存じません」
「彼女はキミと同じで手から食べ物を出して権力者を操り、魔物を使役し、一国を支配した女帝だ。その能力がキミにも発現していたんだ。あれには焦った」
セリーナの頭の中にはどうして当初は『もっと出してくれ』なんて言ってきたんだろう、という疑問が浮かび、そのまま質問していた。
「キミの限界を知りたかった。こんな物を無限に出されたら、サチュナ王国民はギフトを求める亡者になってしまうだろう?」
「でも、わたしが創ったお菓子は各地に配ってしまっています! 皆さんは平気なんですか!?」
「平気だよ。我は貴族台帳とは別に全国民のリストを所持している。"聖女のギフト"を2つ以上食べた者はいない。余剰分は全て回収させてもらった」
「そうなんですか。あの、自惚れかもしれませんが、殿下がわたしの手作りマフィンを食べたいと言ったのは……?」
「キミが作ったお菓子にも能力が宿るのか知るためだ。まさか、拒まれるとは思っていなかったから、自分の自惚れさ加減を恥じたよ」
ロイハルドが頬を染めると、セリーナも恥ずかしくなって耳まで真っ赤にした。
「ヨハンは単純な奴だから『聖女殿が命を賭けているかもしれない』と聞けば、飛んでいくのは想像に容易い。おかげで個数制限を設けてくれた」
ふっと笑うロイハルドを見れば、どれだけ弟を想っているのか簡単に想像できた。
「回収した"聖女のギフト"は全てジャマガン王国のダン王太子殿下宛てに献上した。すると、どうだろう。どんどん値段をつり上げても買ってくれてね。キミは自分の力で自分の価値を買い戻したんだ」
"聖女のギフト"を売って稼いだ金はセリーナの購入金額を遥かに上回り、国民へ還元された。
本来はセリーナへ渡すつもりだったが、セリーナ自身が必要以上の金を求めなかった結果、彼女の意思を尊重して国民が少しでも豊かになるように手配したということだ。
「わたしをジャマガン王国に送り出したのは、現状を見せるためですか?」
「キミは知るべきだった。キミのいなくなったジャマガン王国がどうなっているのか。キミの創る"聖女のギフト"を食べ続けた者がどうなるのか。そして、キミを蔑ろにしてきた者共がどんな末路を辿るのか」
結果的にロイハルドが思い描いた通りの未来になったわけだが、ここに至るまでの労力を考えると何がロイハルドを突き動かしたのか疑問だった。
「覚えていないだろうが、キミは我のために祈ってくれたんだ。自分のためじゃなければ願いが叶うかもってね。でもダメで、キミは『神様なんてキライです』と言い残して去って行った。その顔が忘れられなくてね」
「それだけのために?」
「その顔がヨハンに似ていたんだ。本当は頼りにしているのに、思い通りにならないもどかしさ、歯がゆさのある顔だ。キミがその聖獣を大切に想うように、ヨハンもなんだかんだと文句を言いながらも我をサポートしてくれている」
セリーナは抱いたままのイグニスを見下ろし、いくらか美しさを取り戻した背中を撫でた。
「話は終わりだ、聖女殿。貴公が史上最悪の聖女と同様の能力を持つとバラされたくなければ、我の言うことを聞いてもらおうか」
悪い顔だ。
だけど、その仮面の下には心優しい兄の素顔が隠されていることを知っている。
「なんでしょう」
セリーナは淡々と問いかけた。
「我が愚弟の婚約者となれ。あれは、ジャマガン王国出身の聖女と自分では釣り合わないと思って躊躇っているらしい。このままではサチュナ王国の危機となる」
セリーナは笑ってしまった。
無理に悪人を演じ、弱みを握るような言動をして、命令しなくてもいいのに――
「検討しておきます。ミリアーデと義理の姉妹になるのもやぶさかではありませんので」
セリーナの澄ました返答にロイハルドは大笑いした。
「さすが聖女殿。我とミリアーデの関係も言い当てるとは見事だ」




