第17話 見上げた星空
休憩所の山小屋に置いたままのバスケットを持ってくるようにミリアーデに頼んだセリーナ。中身は無論、"聖女のギフト"だ。
「うひょょおょょ! "聖女のギフト"だ! 一度食べてみたかったんだ!」
「肉体労働しててよかった」
大事故があったというのに鉱夫たちは逞しさを見せて、セリーナが持っているバスケットの中から一人一つずつマフィンを取って一口で食べ終えた。
「これは、あのお二人の分です。起きたら食べさせてください。体力回復の手助けになります。あと、こちらの薬も。少し苦味が強いですが、強い鎮痛効果があります」
「何から何まですまねぇな、聖女様。この恩は絶対に忘れません。今日から一層、気を引き締めて安全管理を徹底するって誓うぜ」
「はい。お気をつけてくださいね」
気づけば、辺りが暗くなってきた。
セリーナとミリアーデはもう一日滞在する予定だが、ヨハンたちは次の予定があるらしく、すぐに出立するということだった。
「セリーナ様、よろしいのですか?」
「うん。どんな顔をして、何を話せばいいのか分からないから」
ミリアーデに肩を突かれたセリーナは、視線の先で騎乗の準備を整えるヨハンに声をかけられずにいた。
「セリーナ様はお利口さん過ぎるんですよ。たまには何も考えずに進んでみてください」
ぽんっと背中を押されたセリーナが前のめりに一歩を踏み出した。
しかも、「ヨハン殿下ー!」とミリアーデが大声で呼んでしまっている。
何をしているんだ、とミリアーデを振り返っている間にも、笑顔で手を振るヨハンはこちらへ歩いて来ている。
セリーナは視線を右往左往させながら、ヨハンを上目遣いに見つめると彼もまた頬を赤くしていた。
「えっと、あの……これ。よければ、どうぞ」
そう言って遠慮がちに差し出したのはバスケットの底から取り出したマフィンだった。
見るからに形が歪で、セリーナが手のひらから生み出す"聖女のギフト"とは完成度に天と地ほどの差がある。
「オレに? いいのか?」
こくん、とセリーナが頷くとヨハンは戸惑った様子から一変して、喜びに震える手でマフィンを受け取った。
「オレたちの分はないと思ってたんだ」
「殿下がいらっしゃっているなんて聞いていませんでした。だから、数が足りなくて。形は見ないようにしてください。味の保証もできません。ご迷惑なら捨ててください」
早口で捲し立てるセリーナと受け取ったばかりのマフィンを交互に見るヨハンの鼻腔がわずかに開いた。
「これは、セリーナ嬢が作ったのか?」
一度は"聖女のギフト"を食べたことがあるヨハンだからこそ、今、自分の手にあるマフィンが同一の物ではないということは分かっている。
その上、セリーナが念には念を入れるとなれば、導き出される答えが一つだった。
「殿下とのお約束があるから作れないだけで、約束を破ってよいのなら今すぐに出します」
セリーナは、1日に10個しか"聖女のギフト"を生み出さないというヨハンとの約束をずっと守り続けている。複数個が必要な時は2日や3日に分けて必要な数を用意するようにしていた。
「いや、これがいい」
ヨハンは宝石でも見つめるようなキラキラした目でセリーナお手製のマフィンをじっと見つめ、頬張った。
"聖女のギフト"よりもパサパサしているし、甘さも到底敵わない。
だが、ヨハンにとっては"聖女のギフト"よりも何倍も美味しく感じた。
名残惜しそうにマフィンを飲み込んだヨハンの姿を無意識のうちに見つめていたセリーナ。
その視線に気づいているヨハンは迷うこと無く、言葉を選んでセリーナに贈った。
「とっても美味いよ。これが食べられただけでも、ここへ来た甲斐があった」
「そんな、お世辞ばっかり」
「オレは嘘が苦手なんだ。ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしていません。……もっと上手に作れれば良かったのですが」
最後の一つはセリーナが移動中に食べる用で持って来ていただけで、まさか人に渡すことになるとは思っていなかった。
「そっちじゃないさ。オレとの約束を守ってくれていることに感謝しているんだよ」
「……っ、そ、そうですか。これからも守り続けるのでご安心ください。では、これで失礼します」
脱兎の如く駆け出したセリーナは、からかってくるミリアーデを置き去りにしてどんどん先を行く。
ふと、足を止めて夜空を見上げると煌めく月と星が闇夜を照らしていた。
「セリーナ嬢、この国の夜空は綺麗だろ!」
ヨハンの声に振り向いたセリーナは手を挙げて応えた。
◇◆◇◆◇◆
※ヨハン第二王子視点
「良かったですね、殿下」
「あぁ。あの状況で助かったのは奇跡だ。セリーナ嬢が居てくれて本当に助かったよ。あの人はどうしてこうも間が良いんだろうな」
「そっちではありません。お菓子のことです」
盛大にむせ込んだヨハンが睨んだが、ユザリはどこ吹く風で続ける。
「ロイハルド王太子殿下よりも一歩先を行きましたね」
「セリーナ嬢を家族のいざこざに巻き込むつもりはねぇよ」
「でも、お菓子を貰えて嬉しかったのでしょう?」
「それとこれとは話が別だろ」
「私は応援しますよ。これまで縁談を断り続けた殿下の初心な姿を見れるのはこれが最後かもしれませんからね」
「お前なぁ……」
呆れて開いた口が塞がらないというようにヨハンは脱力し、星空を見上げて、ぼやいた。
「相手はジャマガン出身の聖女だぞ。こんな弱小国の第二王子が釣り合うかよ」




