雛人形をしまう日
「うわあっ!」
思わず声を上げて、あたしは目を覚ました。
そして、
「…今夜もかぁ、まったく」
誰もいない部屋の壁に向かって、思わず毒づいてしまった。
訂正、誰もいないわけじゃなかった。
あたしは起こした体をよじって、背後に飾ってある「雛人形」に視線を向けた。
雛祭りの後から毎晩、この雛人形が夢に現れては
「早くしまえ~」
「さっさと片付けてぇ~」
と、恨みがましく訴えかけてくるのだ。
暗闇にヌっと現れる色白の雛人形は、ちょっとしたホラーだ。
確かに雛祭りが終わって一週間近くが経っているのに、まだ片付けないでいるあたしが悪いと言えば悪い。
でも言い訳をすれば、ここのところずっと仕事が忙しくて家に帰ってくるのは真夜中、帰ってきても必要なことだけ片付けて、あとはベッドへ直行の繰り返し。
彼氏とだって、まともに会う時間がない。
だから正直言って、雛人形を片づける気力と体力が残っていないのだ。
『いつまでも雛人形を出していると、お嫁さんに行き遅れる』
とか言われてるし、あたしもそれは解ってる。
けど、どうしようもないんだから仕方がない。
そう自分自身に言い聞かせながら、あたしは布団に潜り込んで眠りに入った…
「今日も失敗かあ」
男雛が溜息をつきながら言うと、
「仕方ないわよ、彼女本当に忙しいんだし」
女雛がそれに答えた。
「それに」
女雛が続ける。
「あの子のお父さんも言ってたじゃない、『あいつを嫁になんかやらん』って」
それを聞いた男雛は
「でも、あの子のお母さんには『早くあの子にいい人が見つかるように』って願かけされちゃってるしなぁ」
困ったような口調で言い、
「まぁ、結局は『本人次第』ってことか」
どことなく諦めを含んだ口調で続けた。
「そうね、最後は自分自身だものね」
女雛もそれに同意した。
「はい、もしもし?」
翌日の夜中。
玄関の扉を開けたタイミングで、彼氏から電話がかかってきた。
「今から!?」
驚きを隠さず、あたしは声を上げた。
『残業で電車がなくなってしまったので、泊めて欲しい』
とのことだった。
「…まぁ、別にいいけど」
ということで、彼が今から家に来ることになってしまった。
そこで気づいた。
…雛人形、まだしまってなかった!
さすがに出しっぱなしじゃまずいよね。
あたしは大急ぎで雛人形を片付け始めた。
-ちょっと乱暴に扱うのは勘弁してね-
そう心の中で雛人形に詫びながら片付けていると、
「やれやれ」
という声が、どこからか聞こえてきたような気がした。




