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千物語  作者: 松田 かおる


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6/8

あの野郎と俺

「何だい、くたばってなかったのかい」

開口一番、あの野郎はそう言いやがった。




「…生きてちゃ悪いってのかい。茶なら出ねえぞ」

俺がそう言い返すと、あの野郎は

「くたばっちまってたら困るんだよ。俺が第一発見者になっちまわあ」

涼しい顔をしてそう答えやがった。

そして、

「高座に上がって来ねえもんだからくたばっちまったかと思ってたが、元気そうじゃねえか」

そう続けた。


あの野郎がこう言うのには理由がある、

この前の高座で、真打ちどころか前座でもやらないトチりをしでかしてしまったからだ。

しかも俺の十八番の噺で、だ。

おかげで客はカンカン、高座は台無し…と、それは酷いもんだった。

前の晩に飲んだ酒が抜けきっていなかったのかもしれないが、それは言い訳だ。

とにかく、それが原因で俺は高座から逃げちまった。




「まぁ、くたばるんだったら前もって俺に知らせてくれよ。こっそり死なれちゃ夢見が悪いってもんだ」

「うるせえ、そんな簡単にくたばってたまるかよ」

俺が言い返すと、

「くたばらないんだったら、これ食って茶でも飲んで、縁側でひなたぼっこでもしてるんだな」

あの野郎はそう言いながら、羊羹を放り投げて帰って行った。




それから数日後。

「あいつはもう終わりだ」

「トチりが怖くて逃げた弱虫だ」

あの野郎がそんなことをあちこちで言いまわっている…という噂を小耳にはさんだ。

だが、あの野郎の言うことも一理ある。

トチりを引きずって逃げているのも正直ある。

客に怒号を投げつけられる恐怖感を、この歳になって覚えちまったからな…

だからと言ってこのまま「噺家として」くたばっちまうのも、あの野郎の言うとおりになっちまって癪な話だ。


それにせめて、あの野郎に一言「ギャフン」と言わせてやらねえと、腹の虫がおさまらねえ…




それから半年後。


「…おあとがよろしいようで」

俺が頭を下げると、寄席は大きな拍手に包まれた。

さすがにこの前のようなトチりはしなかったし、うまく演れた手ごたえもあった。

拍手に包まれながら高座を降りると、下手の陰にあの野郎がいやがった。


「どうだこの野郎、これで復活よ」

俺がそう言ってやると、あの野郎は鼻で笑いながら、

「何言ってやがる、半死半生じゃねえか」

そう言いやがった。

「抜かしやがれ。あっという間に追い抜いてやらあ」

俺がそう言うと、あの野郎は

「俺がくたばる前に追いついてくるんだな」

そう言って踵を返すと、手をひらひらと振りながら楽屋へ引き上げていった。

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