第6話 現実の生徒会とか事務仕事してれば良いんだよ!!
体育が終わったあとの教室というのは、だいたい混沌としている。
ジャージのまま座る者、机に突っ伏す者、なぜか元気な者。
そして私はというと──
(はぁ……今日も、どうにか生き延びた……)
星宮ゆらによる『しずくの正妻擬似体験会』を、精神的ダメージ大程度で切り抜けたところだった。
正直に言おう。
体育中、私は八割方しずくしか見ていなかった。
怪我してないか。
疲れてないか。
星宮ゆらが距離を詰めすぎていないか。
(保護者か私は……)
いや違う。
言うなれば、古参オタクだ。
最初期から推しているアイドルが、後からバズった曲で来たにわかファンに囲まれているのを、無言で見守るタイプのオタク。
私はジャージの袖で汗を拭きながら、しずくの席へ戻ろうと向かうと──
「──んん!?」
そこで、足が止まった。
しずくが、知らない女子と話している。
星宮ゆらじゃない。
もっと、こう……雰囲気が違う。
背が高くて、姿勢がきっちりしている。
長い髪をきちんと結んでいて、声は落ち着いているけど、どこか柔らかい。
(誰だ……?)
私の脳内ラブコメレーダーが、静かに警告音を鳴らし始める。
その女子は、しずくに向かって微笑みながら言っていた。
「朝霧さん、さっきの体育大丈夫だった?」
「……え、あ、はい……」
しずくが、少し戸惑いながら答える。
(なんだそれ、やめろやめろやめろ)
(大丈夫だった?とか、距離を縮めるための基本会話だろ!?)
私は内心で警戒レベルを一段階引き上げた。
(しかも、星宮とはまた違うタイプ……)
星宮ゆらが『明るく距離を詰めるタイプ』なら、
この人はそう『自然に隣に立つタイプ』
また違う厄介度が高いヒロイン。
私は、なるべく自然を装いながら、二人に近づいた。
「しずくー、おつかれ」
声のトーンは明るく。
心の中は修羅場で、相手を睨みつける。
「ひなた……」
しずくはほっとした顔をする。
(その顔で安心されるの、普通に致命傷なんですよ)
新キャラらしき女子が、私を見る。
「あ、朝霧さんの幼馴染の……たしか結城さんですよね」
(私を知ってる!?)
「はい、そうですけど……」
私は一瞬で理解した。
(この女、情報収集が早い)
ダメだ、危険すぎる。
ラブコメ世界において、事前に関係性を把握しているキャラほど信用ならない奴はいない。
途中参加の糸目キャラぐらい裏切ってくるタイプだ。
「私、あの生徒会の──」
(生徒会ぃぃぃぃぃ!?)
私は心の中で盛大にずっこけた。
(出たよ! 清楚系生徒会ポジ! だから、まだ登場するには早いって言ってるだろ!)
だが、相手はあくまで穏やかだ。
「朝霧さん、さっき歩いてる時転びそうになってたから、気になっちゃって」
「……あ、はい……ありがとうございます……」
(はああああ、もう!!)
体育後のさりげないフォロー!!
積み重ね系!!
後半効いてくるやつ!!
私は笑顔を保ちながら、内心で絶叫していた。
(なんでこの学校、しずくにだけイベント集中してるんだよ!!)
はやく、しずくを助けたい。
でも、口を挟めなかった。
邪魔したい。
めちゃくちゃしたい。
「大丈夫?」とか言われる前から
「水飲んだ?」とか
「疲れてない?」とか
そういう役は、ずっと私がやってきたから。
あんな、ぽっとでの新キャラなんかに
(ここで私が割り込んだら、絶対しずくに、変に思われる)
(独占欲強いメンヘラ幼馴染とか、需要なさすぎる最悪の属性付く)
私は一歩、引いた。
その選択が正しいのかどうかなんて、分からない。
分からないけど。
しずくが、困らないように。
しずくが、嫌な気持ちにならないように。
「じゃあ、またね」
生徒会の女子はそう言って去っていく。
しずくは、少し不思議そうにその背中を見送っていた。
「……親切な人、だったね」
「……そうだね」
私は笑いながら、内心で床を転げ回っていた。
(親切な人だって! あんな奴のどこが!? 絶対あいつ今頃しずくをおかずに──)
私はしずくの横顔を見て、深く息を吐いた。
(ふぅ……まだだ)
(これは、ただの前哨戦)
ラブコメ的には、
まだプロローグの範囲。
そう自分に言い聞かせながら、
私は今日も、しずくの隣をキープすることだけに全力を尽くすのだった。




