第4話 幼馴染はイベントにすら選ばれないらしい
正直に言うと、私は少し疲れていた。
転校生が来たから、という理由だけではない。
星宮ゆらという存在がどうこう、という話でもない。
もっと根っこの部分──
自分が、ずっと同じ場所に立っていることに、じわじわと不安を覚え始めていた。
放課後の教室。
窓から差し込む淡い光が、教室を赤く照らしている。
人が減って、音が減って、世界で二人きりになれる気がする。
私はこの時間がわりと好きだった。
理由は簡単で、しずくと二人で帰れる確率が高いからだ。
私はいつものように、しずくの席の横に立っていた。
「……ひなた、今日……静かだね」
そう言われて初めて、自分があまり喋っていないことに気づく。
「そう?」
「うん。いつもなら、もう三回くらい壁にぶつかってる」
「私、そんな頻度で自傷してないからね?」
しずくは小さく笑った。
その笑顔が、いつもより少しだけ遠く見えた気がして、胸の奥がきゅっとする。
(ああ、これだ)
この感覚。
理由は分からないのに、失敗したルートを踏み始めたときの、あの嫌な予感。
私はラブコメオタクとして、その手の瞬間を腐るほど見てきた。
だからこそ分かる。
しずくは荷物をまとめながら、ぽつりと呟いた。
「……ひなたはさ」
「うん?」
「……その、クラスの人たちとよく話すよね」
一瞬、言葉に詰まる。
それは事実だ。
私はクラスではそれなりに目立つし、誰とでも分け隔てなく話す。
先生からも、後輩からも、わりと好意的に見られている、と思う。
でも、それをしずくの口から聞くと、なぜか居心地が悪かった。
「まあ、成り行きというか……」
「……すごい、と思う」
しずくはそう言って、目を伏せた。
その仕草が、やけに距離を感じさせて、私は内心で慌てる。
(待って待って待って)
(今の、なに!?)
(しずく、私のこと外側に置いてる?)
私は頭の中で、オタク特有の最悪な想像を始めてしまう。
――あれだ。
ヒロインが主人公を『自分とは違う世界の人』だと認識し始めるやつ。
恋愛フラグが立つ前段階で、距離が生まれる、あの致命的な展開。
寝取られる寸前の、あの感覚。
(やだやだやだやだやだやだ)
(それ、百合ラブコメだと一番取り返しつかないやつじゃん)
私は無理やり明るい声を出した。
「しずくだって、すごいじゃん。頭もいいし、運動だってできるし……」
「……でも、ひなたの方ができる」
「そんなことないって!」
「……そう、かな?」
「そうだよ。というか、私からしたら、しずくは後半で読者から評価爆上がりするタイプだって言ってるでしょ!」
「……なにそれ」
「いや、概念的な話だけど」
しずくは少し困ったように笑った。
でも、その笑顔はどこか遠慮がちで、以前よりも一歩引いているように見えた。
私は思わず、机に額を軽く当てる。
「……ひなた?」
「大丈夫、最悪の未来を想定してただけ」
「……それ、大丈夫じゃない気がする」
しずくは本気で心配してくれている。
それが分かるから、余計に言えなかった。
──私は、しずくが好きだ。
たぶん、かなり重めに。
でも同時に、私は知っている。
こんな世界では「好き」って気持ちだけじゃ、どうにもならないことがある。
幼馴染。
近すぎる距離。
変化しない関係。
私は、その理由を分かってしまう。
(しずく、自分と私を比べてる)
きっと本人は自覚していない。
でも、心のどこかで「釣り合わない」という言葉が芽を出し始めている。
それが、何より怖かった。
私は、しずくの隣に立つのが当たり前だと思っていた。
幼馴染だから。
ずっと一緒だったから。
でも、それは私が勝手に思っているだけ、なのかもしれない。
もし、しずくが私を「遠い存在」だと思い始めたら。
もししずくが、自分は最初からヒロインじゃないと、諦め始めたら。
(それ、完全に負けルートだ)
「──ひなた」
しずくが、少しだけ真剣な声で呼ぶ。
また、私の悪い癖がでてしまった。
「……最近、なんだか無理してない?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
無理はしてる。
してないわけがない。
だって私は『負けヒロインにならないための立ち回り』を現実でやろうとしているだけの、ただのオタクなのだから。
私は、その後も珍しく何も言えなくなった。
しずくは鞄を持ち、立ち上がる。
「……ひなた、一緒に帰る?」
「……うん」
二人で並んで歩く廊下。
距離はいつもと同じはずなのに、心だけが少し離れている気がした。
(嫌だな)
(私は、しずくが好きだ)
(幼馴染として、じゃなくて……)
(でも、それを言葉にしたら、しずくに伝えたら何かが壊れる気がして)
オタクとして、私は知っている。
関係性が完成しているキャラほど、物語では壊されやすい。
だから私は今日も。
しずくの隣で笑って。
冗談を言って。
何も変わらないふりをする。
それが、幼馴染という役割だから。
──でも。
このままでいいのか、と。
そんな疑問だけが、胸の奥に残っていた。




