第3話 転校生は勝ちヒロインフラグ
転校生――星宮ゆら。
第一印象?
もちろん胡散臭い。
いや、これは言い過ぎじゃない。
明るすぎる笑顔、距離感の近さ、初日からクラスの輪の中心。
ラブコメ世界における作者が好む『混ぜると話が動く女』そのものだ。
(そして、ラブコメにおいての転校生は、正しく勝ちヒロインの座……危険だ)
私は席に座りながら、表情だけはにこやかに保ち、内心で全力の警戒態勢を敷いていた。
「結城ひなた先輩ですよね!」
――ほら来た。
「はいはい、イベント発生」
「ひなた……?」
「なんでもないよしずく、ただの深呼吸」
「深呼吸って、口に出すの……?」
星宮ゆらは私としずくを見て人懐っこく笑う。
声も明るい。
でも私は知っている。
(このタイプ、獲物の狙いを定めるのが早い)
「先輩、クラス委員って聞きました! すごいですね!」
「いや、まあ……成り行きで」
会話をしながら、私は視界の端でしずくを見る。
いつも通り、少し居心地悪そうに立っている。
前髪が揺れて、目が隠れて、姿勢は猫背で。
(あー……もう、だめだよ)
そこで静かにしてるだけで、私にヒロイン力出すの、やめてもらえますか?
その瞬間だった。
星宮ゆらの視線が
一瞬だけ
ほんの一瞬だけ――
しずくに、吸い寄せられた。
(あ……)
(……おい)
(今、見たな?)
ほんのコンマ数秒。
でも、分かる。
あれは完全に
人を見る目じゃない。
獲物を見つけた目だ。
しかし、ゆらは何事もないようにすぐに笑顔を戻す。
「そちらの方は……?」
声は柔らかい。
態度も丁寧。
だが私は内心で歯ぎしりしていた。
(いつまで、見ていやがる……さっさと向こうの女と話したらどうなんだ?)
「同じクラスの、朝霧しずくだよ」
私が答えると、ゆらはまたにこっと笑う。
「へえ……しずく先輩、すごく大人しそうですね」
――こいつ、猫被ってやがる。
しずくは俯いて、小さく返事をする。
「……そ、そんなこと……」
(ああもう!!)
私は全力で割って入った。
「いい!? しずくはね、静かだけど頭も良くて優しくて、本もいっぱい読んでて、声も落ち着いててあと――」
「ひなた」
「はい」
一言で止められる。
それでも、止まらない心の声。
(やめろ! なんだその距離! その視線! それ以上私のしずくに近づくな!)
星宮ゆらは楽しそうに笑う。
「本当に仲いいんですね」
「そりゃあ、幼馴染だから…ね?」
即答。
即・主張。
ここは絶対に、譲れない。
最初から隣にいた、という事実が、私の武器として、いま貴様の頭に降り注ぐんだ!
「ふーん……」
なんだ、その一音。
そのふーんが、
あまりにもラブコメ的で、あまりにも信用ならなかった。
(やめろその含み!!)
昼休み。
私は購買袋を握りしめながら、しずくの隣に座る。
「……ひなた、さっきから落ち着かない」
「新キャラが来たから」
「……?」
「なんでもない」
しずくはパンを一口かじる。
静かで、上品で、あまりに無防備だ。
今すぐかぶりつきたい、パンじゃなく、しずくに。
(本当にこの子、自分がどれだけ奪われやすい存在か、まるで分かってない)
──そのとき。
「ここにいたんですね、先輩たち!」
来た。
(来るな来るな来るな来るな来るな来るな)
星宮ゆらは、さも偶然ですよ?
みたいな顔で現れる。
「一緒にお昼、いいですか?」
私は一瞬、しずくを見る。
断っていいよ!
断っていいんだよ!
でも、しずくは小さく頷いた。
「……いい、よ」
(あああああ!!)
その瞬間、私は確信した。
星宮ゆらの視線は……もう一切、私を見ていない。
見ているのは、しずくだけ。
(いや、違う)
(見ているんじゃない)
(値踏みしてる)
声は柔らかい。
笑顔も完璧。
でも、内側は違う。
(この女、しずくをイベントとして見てる)
しずくは何も気づかず、静かにパンを食べている。
私は、その横顔を見ながら、胸の奥がじわじわ熱くなるのを感じていた。
(負けヒロインなんて、NTRなんて、冗談じゃない)
(この子は、私がずっと隣にいた子だ)
(途中参加のキャラなんかに、好き勝手されてたまるか)
私は笑顔のまま、心の中で完全に敵対宣言をした。
――ラブコメの法則?
――転校生補正?
関係ない。
幼馴染は、まだ負けてない。
負けてないんだ。




