第2話 幼馴染は負けるらしい(ネット調べ)
結論から言おう──
幼馴染は負ける。
これは私、結城ひなたがネットの海を三年ほど漂流した末に辿り着いた、あまりにも残酷な真理だった。
(いや嘘、三年は盛った。二年半くらい)
教室の自席で、私はスマホを伏せ、机に額を軽く打ちつけた。
「……」
「ひなた、また頭ぶつけてる……」
隣の席から、朝霧しずくが小声で言う。
心配そう。
控えめ。
そして今日も前髪が完璧に仕事をしている。
(もうこの子だけで、ラノベ作れるよ、前髪の下に国宝級の顔面が眠っているという事実を、本人だけが知らない、みたいなのできるよ)
私はゆっくり顔を上げ、真剣な表情でしずくを見る。
「しずく、聞いて」
「……なに?」
「幼馴染は安心感があるから恋愛対象にならないって説、どう思う?」
「……え?」
「それから、物語序盤で好意が確定しているキャラは後から来た新キャラに全部持っていかれる、っていうのもあるかな?」
「……授業、始まっちゃうよ?」
「最後に、青髪は負けヒロイン率が高い──」
「ひなた」
しずくが、少しだけ声を強めた。
「それ、現実の話……?」
私は口を開きかけて、止まった。
それは、違う。
違うんだけど……。
そうだ私の語る幼馴染は、現実じゃない。
でも、私の脳内では常に現実と地続きなんだ。
(だってこの世界──どう考えてもラブコメの文脈で動いてるんだもん!!)
ふと視線を上げると、教室の前方では女子たちが楽しそうに話している。
「ねえねえ、昨日のドラマ見た?」
「幼馴染の子、完全に当て馬だったよね〜」
私はその瞬間、机に突っ伏した。
「──っ!」
「……ひ、ひなた!? 今度は机に!?」
「聞いた!? 聞いたよね今の!? 幼馴染は当て馬って言った!」
「……たまたまじゃない?」
「違う! きっと、世界は私に警告しているんだよ!」
しずくは困ったように、少しだけ笑った。
「ひなたは、いつも大げさ……」
(その笑い方がさぁ……)
心臓がキュッと締まる。
しずくは、自分の価値をまったく分かっていない。
クラスでは静かで目立たないけど、成績は良いし、運動も悪いわけじゃない。
何より、たまに見せる天然っぽい言動が破壊力抜群だ。
──このまま行くと、絶対に誰かが気づく。
(そして気づいた瞬間、私はその子に負ける)
私は顔を上げ、しずくにずいっと身を寄せた。
「ねえ、しずく」
「……ち、近いよ」
「もしさ、もしだよ?」
「ま、また?……」
「誰かがしずくの前髪を、こう……ふいに上げたらどうなると思う?」
私は自分の前髪をジェスチャーで上げてみせた。
しずくは一瞬固まり、顔を赤くする。
「……や、やめて」
「ほら見て!? 自覚なし照れイベント!」
「イベントとか言わないで……!」
私は耐えきれず、また壁に額を軽く打ちつけた。
「っ……尊……い」
「ひなた、ほんとに大丈夫……?」
しずくは本気で心配してくれている。
それがまた、罪深い。
(この子、絶対物語の後半で突発的に出てきた新ヒロインに寝取られる……)
そのとき、教室のドアが開いた。
「おはよー!」
明るい声。
教室の空気が一段階上がる。
私は反射的に身構えた。
(言っているそばから来たな……作者が争わせて、キャラ人気だけを取るために生み出されただけの新キャラが)
振り返ると、そこには知らない一年生の女子が立っていた。
明るい髪色、無駄に元気、距離感ゼロ。
「今日から少しの間、このクラスでお世話になります!」
ざわつく教室。
(期間限定転校生……!? なんだそれは、イベントすぎるだろ!!)
私は即座に脳内会議を開始した。
・期間限定=爪痕残しにくる
・明るい=陽キャ
・転校生=主人公級の活躍
──想定危険度『極大』
その横で、しずくはぽつりと呟いた。
「……すごい、元気だね」
私はその一言に、ハッとする。
(しずく、やっぱりまだ何も分かってない……)
そう。
この子はまだ、自分がどれだけ狙われやすい存在かも、
そして私がどれだけ必死かも、知らない。
私は拳を握った。
(ピーピー。負けヒロイン回避作戦、フェーズ2に移行する)
今日もまた、幼馴染は知らないところで戦争を始めている。
──敵は世界と、ラブコメの法則だ。




