自信のロボット
久しぶりの小説執筆。
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I博士はスパナ片手に額の汗をぬぐう。
「やったぞ。今度こそ、役立つロボットの完成だ」満足げな表情を浮かべる。
この自信がどこから生まれるのか。ーーそれは、まったく分からない。
最初のロボットはお腹のボタンを押すと同時に大爆発。頭がふっ飛び、体はバラバラとなった。
I博士もヤケドを負った。
次のロボットにボタンはつけない。あまり近くにいると、何かあった時にたいへんだ。I博士は学習した。ボタンはリモコンに。
遠く離れたところから、それを押した。狂ったように暴れ出すロボット。たちまち研究室の中がメチャクチャとなってしまった。
ロボットに追いかけられたすえ捕まって殴り続けられたことや、逆にロボットが逃げ出し一日じゅう町を追いかけ回したこともある。
今までさんざんな目に合ってきた。
I博士はいちおう念のため、研究室の奥から電源を入れてみる。今度のロボットも電源はリモコン。あとは声に反応する。
「おい、作動しろ」
ボタンを押すと、ロボットの目が赤く光り、ぎこちなく首を上下左右に振り始めた。I博士に、近づいてくる。
「こっちにくるな。そこにいろ」
足の動きがピタリと止まるロボット。しばらく様子を観察するが、何ごとも起こらない。とりあえず害はないようだ。
「よし。よくやった。言うことをきいた」
今までが、今までなのだ。I博士にとっては、これだけでもかなり嬉しい。ほとんど何の根拠もなく完成を確信していたにせよ。
「お前のご主人様は、誰だ」
「ハカセデス」ノイズ音のようなかすれ声で、ロボットは答える。
「うむ。その通り」I博士は腕を組み、大きくうなずく。
「ハカセデス、ハカセデス、ハカセデス」
「返事は一回でよい。わしが話しかけたあと」
すぐにロボットは音声を発しなくなった。
「元の位置まで、戻ってみろ」
「モドリマス」
片足を上げ、半転するロボット。わずかなモーター音を響かせながら、かくばった動きで元の位置へと戻って行く。
やはり従順性に問題は、ない。
「お前に注意しておくことがあるから、よくきけ」自分からロボットの側まで行って、I博士は軽く咳払いをした。「何があってもわしに危害を加えてはならんぞ。これがいちばん、重要。守れなければ首だ。つまりスクラップにして廃棄処分。いいな」
「ハカセ、キガイ、クワエマセン」
ロボットの顔が青ざめ、震えているように見える。I博士には。目の錯覚にしか、過ぎないのだが。
「そして役に立て。お前を作りあげたのは、そのため。血のにじむような、ではなく、本当に血を流し大ケガをしてまで努力したのだ。その分、いやそれ以上に働いてもらう。分かったか」
「ヤクタチマス。ハタラキマス」
「では、まず何をしてもらおうかな……」I博士は考える。
このロボットがどれほど役に立つのか、未知数な部分が大きい。とんでもない失敗をやらかされても、困る。
「もうひとつ注意しておくが、出来ないことは出来ないと断ってもかまわん。能力を知って改良すればよい。今はまだ、実験の段階じゃ」
「デキナイコト、デキナイ、コトワリマス」
「それじゃあ、マッサージを頼もう。体中がこっておる。この程度のことは、やれるな。どうだ、自信はあるか」
ロボットは研究室の中を見回し、やがて隅の簡易ベッドを手で指した。
「マッサージデキマス。ジシンアリマス」
「その言葉を信用するぞ」
I博士はベッドまで行って、うつ伏せとなる。目を閉じた。
が、いっこうに近づいてこない足音。いつになったらマッサージはなされるのか。
I博士は薄目を開いてみた。
ベッドを手でさしたまま、ロボットはそこから一歩も動いていない。無表情な顔。表情がないのは、そういう造りなのだが。
「これは体勢が悪かったかな。うつ伏せじゃ、いかんということか」I博士は小さく独り言をつぶやく。
ロボットへ背を向ける格好でベッドに正座してみた。
なんの変化も、みられない。振り向くとロボットはあのポーズのまま。
それからいろいろ体勢を変えてみても。
「どういうことだ。マッサージは出来るのか、出来ないのか、ハッキリしろ」I博士は怒鳴った。
「マッサージ、デキマス。ジシンアリマス」
「じゃあ、なぜしない。体勢が悪いのか。何か道具のような物が、必要なのか」
「タイセイ、ウツブセ、イイデス。ドウグ、アノボウ、ベンリデス。ジシンアリマス」
「棒だと。これか」I博士はロボットがもう片方の手で指し示す机上の木の棒を取り上げた。「なるほど。たしかにわしはいつもこの棒で自分の肩を叩いておる。そのためにここへ置いてあった。あれば便利かもしれぬな。ほれ」
ロボットに手渡してやる。
「本当に頼むぞ」ベッドへ戻るとふたたびうつ伏せとなった。
今度こそ近づいてくる足音。背に触れるものがある。軽く押され、揺すられる。
「なかなかよいぞ」I博士の顔に喜色が浮かぶ。
鈍感なところはあるが、まぁいいだろう。このロボット。命令には、従う。
まだマッサージ程度のことしかさせてはいないが、これまでのロボットに比べれば、マシ。
「もう少し下の方も頼む。同じところばかりやっていないで。まぁ、とにかくお前は役立つ。それが分かって安心した。役立たずならスクラップにしていたかもしれんぞ。危害を加えなくとも」Iは軽口を叩いて注文をつける。
「ヤクタチマス。ジシンアリマス」
「そうか。たのもしいな」
「タノモシイデス。ジシンアリマス」
「自信があるのは、けっこう。だからもう少し下の方を」
「ジシンアリマス」
「何度言えば分かるのだ。同じ返事ばかりしてないで、マッサージは違うところを」
「ジ」
「馬鹿にしてるのか」ついにはI博士頭にきて、思い切りロボットを突き飛ばしてしまう。
ガシャンと床に転倒するロボット。
「やっ。しまった」
屈み込んでロボットの胸をさする。「大丈夫か」
「ダイジョウブデス。ジシンアリマス」目をチカチカ点滅させながらロボットは答えた。
「ふぅ。肝を冷やしたぞ。すまなかった。せっかく苦心して作ったのが、駄目になるところであった。短気は損気ともいう」
視線を移すとロボットのいたところの壁、そこにあの棒が立てかけてある。
なんのために要求したのか、理由がサッパリ分からない。マッサージに便利とかぬかしておいて。
「もうよい。体のこりは、マッサージ師のところへいく。他のことを頼むとしよう。カップラーメン。それくらいは、作れるな」
I博士は空腹を覚えていた。本音をいえばちゃんとした料理を食べたいのだが、このロボットには頼めぬ。先ほどの言動からして、たいした能力は備わっていないのだろう。 腹を壊しても、つまらない。
「カップラーメン、ツクレマス。ジシンアリマス」ロボットの声が大きくなっている。
汚名返上。一度目の失敗を、これで埋め合わせるつもりか。
I博士はロボットの手を引いて、キッチンへと連れて行く。
「コンロはそこでヤカンは向こう。水は蛇口をひねれば出る。ほれ、これがカップラーメンじゃ。ヤカンに水を入れてコンロで沸かし、お湯を注げばよい。三分待って出来上がり。覚えたな」
「オボエマシタ。ジシンア」
最後まで聞かずにI博士はキッチンを出て、バタンとドアを閉めた。眉間にシワが寄っている。
「かなり改良せねばならぬのだろう。頭が悪いとか、思えない。理解不能なロボット。今度こそは完成したと自信があったのに。あのロボットの口癖ではないが、自信満々であったのに。害がないだけ、進歩はしているが」
後ろ手を組んで研究室の中を歩き回るI博士。
キッチンに続くドアが、開かれる。
「もう出来たのか。カップラーメン」
そこにはロボットの姿。I博士の元へと、やってくる。手には何も持っていない。
「カップラーメン、ツクリマセン。ジシンアリマス」I博士の前に立ち、さっきよりも大きな声でロボットは言う。
あまりのことに唖然とするI博士。口をあんぐりとして、まばたきすらしない。
「今、なんと言った」喉の奥から言葉を絞り出す。
「カップラーメン、ツクリマセン。ジシンアリマス」
たいして、どころではない。まったく役に立たないロボットだったのか。I博士はショックを受けた。
「完全なる失敗。改良どころではない。新しくロボットを作った方が、はやそうだ」
「シッパイ、チガイマス。ジシンアリマス」返事をするたびに声が大きくなっていくロボット。
いったいこの自信はどこから生まれるのか。馬鹿め。
自分のことは棚に上げ、I博士は憎々しげにそう思う。
「もうよい。向こうへ行っておれ。考えることがある」I博士は掌で追い払う仕草をし、白衣の胸ポケットから煙草とライターを抜き取った。
「ジシンアリマス。ジシンアリマス。ジシンアリマス」と、とつぜんロボットが突進してきた。
「な、なんじゃ。どうした」
I博士に抱きつき、持ち上げる
「離せ。最初に注意したはずじゃぞ。危害を加えるつもりか」恐慌をきたすI博士。
手足をばたつかせた拍子に肘がロボットの顎を捉える。
「ジシ」衝撃にのけぞってロボットは両の腕をばんざいした。
「スクラップ決定じゃ」そう叫んでI博士はキッチンへと逃げ込む。
「従順でも何でもない。今までのロボットと、同じであったか。本性が、現れた」歯ぎしりしながら地団駄を踏んだ。
しかしスクラップ決定はまずかった。怒りのあまり口を滑らせてしまった。
リモコンは研究室の中。黙ってボタンを押せばよかったのだ。
助かりたい一心でロボットはヤケを起こすかもしれぬ。いや、もう起こしているのだろう。殺されるかもしれない。
「うむむ。困ったぞ」髪の毛を掻きむしるI博士。
老人の自分ではヤケを起こしたロボットに勝ち目はない。たちまちのうちにやられてしまう。
キッチンから外へ出ることも不可能。窓には鉄の格子がはまっている。
答えは、出ない。頭が痛くなってくる。
「むむむ」息まで苦しくなってきた。「何か、臭うな」
ガス臭いことに、気がついた。
「やっ、これは」
コンロの横のガスボンベ。そこから伸びるゴム菅が裂けている。近くに寄って見ないと分からぬほどに。
これはロボットの仕業か。否。そうではなかろう。
このキッチン、全ての設備が古い。ゴム菅もすっかりよれよれだ。裂け目は老朽化によるもので、間違いない。詳しく調べるまでもなく。
I博士はキッチンのドアを開ける。
「やはりお前は完成していたのだな」
「カンセイデス。ジシンアリマス」
もし最初のマッサージで気持ちよくなって眠っていたなら一大事。ガス中毒で、死んでいたことだろう。だからロボットはあのような行動を取ったのだ。
料理は言うに及ばない。火をつけたとたん大惨事になっていた。すぐに戻ってきた理由は、それか。あとの行動も。
自分はロボットへ役に立てと伝えた。役に、立った。命を救ってくれたのである。
ただ、何か言ったあとに一回だけ返事をしろとの命令がマズかった。それさえなければロボットは自発的に危機を知らせてくれていたはず。自分の言葉不足であった。
I博士はロボットを抱きしめる。
「お前はわし想いの、よくできたロボットじゃ。役立つロボットじゃ」
それはその通り。役に立つロボット。
「ハカセ、オモイデス。ヤクタチマス。ジシンアリマス」
しかし、残念なことにI博士はロボットの言葉の意味を真には理解できていない。
「うむ。疑って悪かった。自信があって、当たり前」
「ジシンアリマス」ロボットはI博士を抱え上げる。
ベッドの下へ避難させようとしたが、時すでに遅し。
研究室が激しく揺れ、方々の棚は倒れ、机はひっくり返り、壁はひび割れ、落ちてきた天井にI博士とロボットは下敷きとなった。
血まみれのI博士の側に転がるロボットの頭部が繰り返す。
「ジシンアリマス。ジシンアリマス。ジシンアリマス」
I博士生涯最後の完成品であった。
-了-