くしゃみブレスは自然現象です!
「──では、被告側、弁論を」
その瞬間、全員の視線が俺に集まった。
異世界転移から一週間。
剣も魔法も使えない俺が、唯一持っているのは“屁理屈”という武器だけだ。
でもそれでいい。
屁理屈だろうが論理だろうが、ルールの上で勝てば正義なのがこの世界だから。
「ご静聴、ありがとうございます。弁論術士・イチノセ・レンジです」
俺は咳払いひとつして、堂々と一歩前に出た。
「本件、被告のくしゃみにより原告の髪が焼けた、とのことですが──
そもそも、くしゃみとは意志による行動ではなく、反射行動であります」
「……反射?」
「はい。被告は火竜。火竜の生理現象である“ブレス付きくしゃみ”は、人間で言えば鼻水のようなもの。
つまりこれは、ただの生理現象であり、事故です」
「いやいやいやいや、鼻水で髪燃えないからな!? 鼻水で髪はチリチリにならないからな!!」
「それは人間基準での話。火竜の世界では常識です。よって、原告側の“人間基準”で断罪するのは種族差別的解釈です」
「ちょっと待って!? 話飛びすぎてない!?」
──よし、動揺してる。
ここで畳みかける。
「さらに申し上げます。火竜は大気中の花粉に極めて過敏です。
これは本日提出した“森の医師団認定・花粉症診断書”でも明らか」
「そんなもん出てきたの!? 診断書あるの!?」
「あるんです。こちら、くしゃみによるブレス漏れは“不可抗力”として分類されておりまして──」
「それはもはや、生態的な欠陥では!?」
「では、くしゃみでツバ飛ばしたら訴訟ですか?
あなた、裁判中に咳したら負けになる世界、住みたいですか?」
「住みたくない!!」
──だろ?
裁判長(寝てるけど)に向けて、俺は最後の締めを撃ち込む。
「以上をもちまして、我々は本件を──
“生理現象による不可抗力事故”と定義し、原告の請求を棄却するよう求めます!」
……沈黙。
勇者も、検察官も、観客席も、一瞬言葉を失ったような空気のなか──
「……弁護側の、屁理屈……いや、弁論……もっともなり。
本件は不可抗力によるものであるため、被告に責任はなし──」
「うわ、起きてた!?」
「──よって、無罪判決とする!!」
\ザワァァァ……!!/
「や、やったのか……!? レンジ!?」
「……勝った。屁理屈で、勝った!!」
こうして、“くしゃみブレス事件”は幕を閉じた。
命がけの裁判だった。
でも、何より一番こたえたのは──
「じゃあ……俺の髪は……どうなんの?」
「うん、それは……気の毒だったな」
「えっ、なんも補償ないの!?」
「火竜、誠意見せてやれよ」
「う、うむ……これを使え」
グルマークスが差し出したのは──
「ドラゴンの鱗……?」
「それを頭に貼れば……バレない」
「なるかあああああ!!」
──異世界に来て、結局俺は今日もツッコミで生きていく。