新たな指導者
さて、翌日からウェンディはディルの愛の重さの一端を知るようになる。
「私にも……ですか?」
王都から呼び出されたデザイナーに採寸されながら、ウェンディは困惑したような声を上げた。
その隣でルネッタは慣れた様子でサイズを測られている。
「当たり前でしょう。次回のお茶会には一緒に来てもらうのだから」
ルネッタが口にした『お茶会』という言葉に、ウェンディは嫌な予感がした。
まだルネッタは十二歳、そうそうお茶会に招かれるとは思えない。
「本来は母親が同伴するのだけれど……」
「……どこにでも着いていくわ!」
「そうね、義理の姉なら問題ないでしょう」
ルネッタは、ディルと同じ青い瞳でウェンディを見つめた。
彼女は美しい、こんなに美しい少女をウェンディは見たことがない。
見本のドレスはどれも豪華だ。王城に行くとしても遜色ないだろう。
――ウェンディは予感がどんどん現実を帯びていく、と思った。
「おしろ~おしろ~」
ミッシェルは鼻歌交じりで楽しそうだ。
しかしこれは単なる歌ではないだろう――そう、ミッシェルには未来が視えるのだ。
「そうね、色違いとかどうかしら」
ルネッタはウキウキと楽しそうだ。
母のいない彼女は、今まで一人で王城で戦ってきたのだ。
そう思えば、ウェンディも頑張らなくてはと思う。
ウェンディは変わっていると言われていたけれど、幼いころから聖女として過ごしてきた。
礼儀作法の講師たちにも『黙っていれば誰よりも聖女らしく高貴だ』とお墨付きをいただいていた。だから何とかなるだろう。
「そういえば、ミランダ夫人はお元気かしらね」
急遽、辺境伯領に来ることが決まってしまったので、神殿で聖女教育を担っていた講師たち全員に挨拶することはできなかった。
そのことを気にするウェンディに神殿長は『運命が重なればすぐに再会することになるだろう』と言っていた。
神殿長は不思議な人だった――時々なんでも見通しているのでは、と思えることすらあった。
それはそうだろう。不思議な加護を受けた者が存在するこの国で、それらの加護を管理する中央神殿の神殿長の地位にいるのだ。彼自身が一番の力を持っていたとしても不思議ではない。
「おっきゃくさま~おっきゃくさま~」
「ミッシェル?」
ミッシェルはデザイナーが持参した細いピンクのストライプのワンピースにフリルいっぱいの白いエプロンの服がお気に召したらしい。
クルクルと回りながら、楽しそうにしている。
「お客様がいらっしゃるのかしら……?」
「そうね、間違いないわ……でも、一体誰かしら?」
「おみやげ、おみやげっ!」
ミッシェルはご機嫌だ。お客様はお土産を持ってきてくださるようだ。
* * *
辺境伯領は王都から遠く離れているので、お客様が来ることは少ない。
けれど、ドレスのデザインを選んでいるときに、そのお客様は屋敷を訪れた。
「お久しぶりです、ウェンディ様」
「まあ……ミランダ夫人!」
背筋をピンッと伸ばして、あまりに美しい礼を披露した貴婦人、ミランダ・オーフェンス。
彼女は侯爵夫人であり、かつては社交界の中心人物だった。
しかし、夫を亡くしてからは社交界から姿を消し、聖女や王侯貴族の礼儀作法の講師として活躍している。
彼女の指導は厳しいが、彼女に習った女性は全て一流の礼儀作法を身につけると言われている。
ウェンディも彼女から指導を受けていた。しかし、戦場を駆け回り、孤児院で子どもたちと転げ回る彼女には、身につけた礼儀作法を公の場で披露する機会はほとんどなかったのだが……。
「あなた様が辺境伯夫人になられたと聞いて馳せ参じましたわ」
「まあ……決まったのは昨日なのに情報が早いですわね」
「神殿長は必ずそうなると仰っていましたから……それから」
ミランダ夫人はルネッタと向かい合い、もう一度美しい礼をした。
ルネッタも優雅に礼をしたが……「少しばかり猫背ですわ」とミランダ夫人は第一声そう言った。
ミランダ夫人の指導が始まった――しかし彼女は自身が気に入った見所のある女性にしか指導をしないことでも有名だ。
つまり、ルネッタは彼女のお眼鏡にかなったらしい。
「頑張ってね、ルネッタ」
「……な、なんのこと!?」
「何を仰っているの。ウェンディ様、あなた様も一から辺境伯夫人に相応しい立ち居振る舞いを身につけていただくのよ」
「ひえぇ……」
こうして厳しい指導が始まる。しかし、これはウェンディとルネッタにとって絶対に避けては通れない試練でもあるのだ。
「ああ、こちらは王都で話題のお菓子です」
「おみやげー!!」
「まあ、お可愛らしいこと。ミッシェル様も三歳からは立派な淑女になるためお勉強いたしましょうね」
「おべんきょう?」
「そう、そうすればウェンディ様やルネッタ様のようになれますよ」
「おべんきょうする!!」
ミッシェルの見本になるのなら、頑張らねばなるまい――無邪気な笑顔を見たウェンディとルネッタは、そう決意するのだった。




