辺境伯の愛は重い 2
「……君を妻に迎えたいと言ったが、この通り我が家は多くの秘密を抱え、これから先も波乱に満ちているだろう」
「ディル様」
「――この命を懸けて家族を守ろうと思っている」
その言葉からは強い決意を感じられた。しかしディルはウェンディに向き合って、寂しそうに笑った。
「君に対して事情を話さずに求婚するなど卑怯だったな」
「……」
「君を愛しているが、辺境伯を受け継ぎ、弟と妹を守るのが当然だと思う幼い頃からの気持ちはこれからもきっと変わらない」
「家族を大切にする姿勢、とても素晴らしいと思います」
その言葉の直後、ウェンディはディルに強く抱き締められていた。
「家族さえ守れれば何もいらないと思っていたのに、君を一目見たときから欲しくてたまらなかった」
「私は、ディル様が思うような人ではないと思います」
「……はは、初めて見たとき、騎士が食べる肉をうらやましそうに見ていたな」
「えっ!?」
確かに見ていたかもしれない。聖女は決まりにより肉を食べてはいけないから、こんがり骨付き肉にかじりつく騎士たちがうらやましかった。
「俺とともに来た辺境伯領の騎士たちは君に申し訳ないと言って、途中から魚しか食べなくなった」
「えぇ!?」
そんなことがあったなんて……とウェンディは衝撃を受けた。
「可愛いと思った」
「完全にディル様の目が曇っている!?」
「それから、血まみれになって騎士たちの傷を治して回っていたな」
「聖女なのにと思われたでしょう」
「誰よりも聖女らしいと思ったよ」
血まみれの姿は、神聖な存在である聖女に相応しくないといつも周りに言われていたのに。
「おかげで聖女信奉者がこの領には増えてしまった」
「聖女のイメージが!?」
ディルが語るウェンディは、ちょっと残念な聖女だった普段のウェンディだ。
「……そんな君を愛している。君を幸せにしたい、君のそばにいたい」
「……」
ディルの言葉から伝わってくる愛はとても重くてウェンディは心臓が苦しいほど高鳴って、息が苦しくて、逃げてしまいたくなった。
けれどそれと同時に切なくてしかたなかった。
「だが、君を幸せにすることは俺にはできない。ミッシェル、ルネッタ、ジェフとレイを守るため、命を使うと決めている――だから」
ウェンディを抱き締めていた腕の力が緩む。きっと今引き留めなければ、ディルとは一緒にいられない、そんな予感がした。
「君と過ごした日々はとても楽しかった。しかし君を危険に巻き込みたくない」
ウェンディだってこの家に来てから毎日楽しかった。子どもたちは可愛くて、ディルは優しかった。
天涯孤独だったウェンディにとって、家族として扱ってもらった今日までの短い日々はもうかけがえのないものだ。
「っ……待って下さい!!」
「ウェンディ?」
料理長は言っていた。ウェンディはディルにとって唯一のわがままなのだと。
それならウェンディだって、家族が欲しいというわがままを言っても良いはずだ。
「私をそばに置いてください」
「君を守りきれないかもしれない」
「自分の身は自分で守りますし、元聖女なのですからむしろディル様のことだって守れるかもしれません!!」
ウェンディは離れようとしたディルの体を引き留めるみたいに掻き抱くように抱き締め返した。
「そんなこと言われたら、逃がせなくなる」
「……好きです。あなたの」
ウェンディは腕の力を緩めて、ディルを見上げた。
「あなたの妻にしていただけませんか?」
「……ウェンディ」
「あなたの家族に……してほしいです」
おそらく、ウェンディの思う『好き』は、ディルの『好き』とは違うのだろう。
けれど、この人のそばで生まれたばかりのこの気持ちを育ててみたいという思いに偽りはない。
「もう、逃がせない」
「逃がさないでください」
ディルに抱き締められて、今日この日、ウェンディは本当の花嫁になった。まだ、本当の夫婦になるには時間がかかるにしても……。
これから先、バルミール辺境伯家にはまだまだ事件がたくさん起こる。
けれど、助け合えばきっと幸せ家族を作っていける。ウェンディはそう思うのだった。
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作家のやる気に直結します!!




