辺境伯の愛は重い 1
食事を食べて子どもたちはそれぞれ自室へと戻った。
ミッシェルもウェンディに寝かしつけられて眠った。
ようやく屋敷内は静かになる。
「やっと全員寝ましたね」
「ああ」
「侍女たちが引退してからディル様一人で四人を見ていたのですか?」
「ルネッタが助けてはくれたが……中々壮絶な日々だった。君に負担を掛けていることは心苦しいが、本当に助かっている」
「ふふ、侍女のつもりできましたからね。できることは全部しますよ」
ディルは煌めくアメジストのように美しい目を細めたウェンディを見つめ、それから手を差しだした。
ウェンディが手を重ねると軽い力で引き寄せられる。
「ベランダから月がよく見える。一緒に見ないか?」
「ええ、ぜひご一緒したいです」
二人で夜空を見上げる。月は輝き、星はキラキラ瞬いている。
ウェンディにはまるでこの世界に二人だけになったように思えた。
「君の髪は月光に溶け込んでしまいそうだな」
「ふふ、ディル様の髪こそ夜に溶けてしまいそうです」
「はは、俺だけがこの家の始祖と同じ黒髪だ」
「そうなのですね……確かにジェフとレイは淡い茶色の髪で、ルネッタとミッシェルは金の髪ですね」
そこで二人は子どもたちのことについて話し始めた。
「ところで、ルネッタは王太子殿下の婚約者候補の一人……なのですよね?」
「ああ、高位貴族で王太子殿下と年が近いのはルネッタとあと数名しかいないからな」
「なるほど……決まったわけではないのですか」
「できればお断りしたいものだ。だが、ルネッタ自身は王太子殿下の婚約者の座を手に入れようとしているようだ」
「……そこまで権力や地位に興味がある子には見えませんが」
ルネッタを見ていればわかる。立ち居振る舞い、知識、考え方、美しさ、彼女は全てを手に入れようとしている。
しかしその姿は、年頃の少女が王太子殿下の婚約者に憧れてというものとは違う。
もっと切実でもっと純粋なものに見えるのだ。
「ミッシェルを、守りたいと考えているのでしょうか」
「ああ、それにジェフとレイも俺と同じで『戦神の両手』を持っている。彼らのことも守れる地位を手に入れたいのだろう」
確かにルネッタが双子とミッシェルを可愛がる姿を見ていれば頷ける。
「それって……どんな武器でも使うことができて、戦の戦局を見極めるという加護……ですよね」
古い歴史を持つバルミール辺境伯家には、この国の王家の血だけでなく隣国の王家の血が流れている。
王家はたくさんの英雄や聖女の血を取り込んで力を手にしてきた。
バルミール辺境伯家は、もしかするとこの国と隣国、両王家より多くの精霊たちから加護を持つかもしれない。
「……二人も騎士になる宿命なのですね」
「ああ、二人の加護については神殿長を通して届け出ている。王立学園に入学し卒業したあとは騎士学校に進むことがほぼ確定している」
ディルもそのような道を進んできたのだろうか。ウェンディは複雑な心境で淡々と語る彼を見つめた。