聖女の薔薇と辺境伯一家
「ルネッタとミッシェルは大丈夫でしょうか……」
「王太子殿下は信頼できるお方だ……それにしても」
「ディル様?」
ディルが苦笑した。ウェンディが首を傾げていると、青い目が彼女を見つめて弧を描いた。
「殿下はこのところ急に変わられた。よく考えれば神殿に行ったあの日から」
「……っ、それって!」
ルネッタが泥だらけになって戻ったあの日……あの日から彼女も物憂げだった。
あの日、二人が出会っていたのだとすれば、全てつじつまが合う。
ウェンディは、人に囲まれて柔和な笑みを浮かべる神殿長に視線を向けた。
彼はこちらを見るとパチンッとウインクした。
「……全てかのお方の手の平の上だった、という訳か」
「というよりも、精霊の導きのような気がします」
二人で見つめ合う。ウェンディとディル、二人の出会いは神殿長の手の平の上、しかしそれは人の力が及ばない不思議な何かに導かれてのものに思えた。
「愛している」
「……こんな場所で」
「見せつければ良い。君はどちらにしても周囲の視線を独り占めしているのだから」
「ディル様こそ……」
しかしそのとき、会場が静まり返る。
周りの注意が向いているのは入り口だ。
そこには、王太子にエスコートされ頬を染めて戻ってきたルネッタの姿があった。
「……あ」
「ウェンディ?」
ウェンディが天井を仰いだ。
釣られてディルも上を向く。
「ごめんなさい」
「わかった……君の意思によるものではないと理解している」
ポンッポンッと何かが弾けるような音に、会場の参加者たちがこぞって上を見た。
白い何かがフワフワとルネッタと王太子の上に降ってくる。落ちてきたのは二輪の聖女の薔薇。
白銀の光をまといながら舞い落ちるそれは、新たなカップルを祝福しているようだ。
「おやおや、まだ二人は本当の夫婦になっていないか……」
遠く離れているはずの神殿長のため息交じりの声がウェンディの耳元で聞こえた気がした。
「……本当の夫婦ですよ?」
チラッとディルに視線を向けたウェンディ。口元を押さえてウェンディから視線を逸らしていたので、もしかしたら彼にも先ほどの声が聞こえていたのかもしれない。
聖女の薔薇はフワフワと舞い落ちる。
ウェンディとディル、そして先ほどから妙に大人しい双子にも一つずつ落ちてきた。
誰の目にもウェンディがこの薔薇を生み出したことが明らかだ。
「「……ウェンディさんを馬鹿にしていた聖女たちの顔が青ざめているよ!!」」
ここまで普段の騒がしさが嘘のようによそ行きの顔をしていたジェフとレイが楽しそうに騒ぎ始める。
「二人とも!」
ウェンディは慌てて止めたが二人はにんまりと悪戯っぽく笑い素知らぬ顔をしている。
「「だって、ウェンディさんは僕らの家族だもの」」
「ジェフ、レイ……」
感激しているウェンディの横で双子は内緒話を始める。
「バルミール家の一員としてはねぇ……」
「そうさ、家族を悪く言われたら倍返しじゃ足りないよねぇ……」
双子が大きくなれば、おそらく社交界に旋風を巻き起こす。そんな予感は消えることなく……。
「さて、この薔薇は両陛下に献上するとしよう」
会場の注目を浴びてしまった辺境伯一家。
その当主として、ディルは騒ぎを収めることにしたらしい。
あらかじめ計画しておりました、というような顔で陛下に献上された二輪の薔薇。
ジェフとレイ、そしてミッシェルにも飾られた薔薇。
国王と王妃に薔薇が献上され、王太子がルネッタの髪に薔薇を一輪差し込めば会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こる。
こうして王家主催のお茶会は、無事に幕を閉じる。
そしてこれをもつて、ようやく辺境伯一家は王都を去ることになる。
王都の民と貴族たちに強烈な印象を植え付けて……。
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