王太子と長女そして末っ子 1
セノアはミッシェルを抱き上げたまま、外へと向かった。
空は青く、城の庭園に満ちあふれるは花の香り。
セノアは時々振り返り、踵の高い靴を履くルネッタを気遣うように歩みを合わせてくる。
ミッシェルはまだ小さいとはいえ、セノアもまだ十三歳。軽々と抱え歩む姿から普段から鍛錬をしているであろうことが察せられる。
庭の先には塀で囲まれたスペースがあった。小さな扉に鍵を差し込めば、ガチャリと音がして扉が開く。
「ひみつ、おにわ!!」
「そうだよ。僕のプライベートスペースだ」
「ぷらいべーと?」
「そ、ここには父上ですら入ってこない。それが決まりだ」
「……あの」
セノアはミッシェルを抱き上げたままさっさと入っていこうとしたが、ルネッタは扉の前で立ち止まった。
「君は入って良い」
「でも、陛下ですら……」
「……」
セノアは振り返り、深紅の瞳でルネッタをジッと見つめた。
「妻にする人はここに招くと決めていたし、君は神殿のプライベートスペースにも飛びこんできた。今さらだろう?」
「……先日は、すみませんでした」
「もちろん許すさ。さあ、早く入っておいで」
セノアはそれだけ言うと、ルネッタに背を向けて扉を潜ってしまった。
小さな扉はルネッタですら背を屈めなければ入れない。
そう、ちょうどミッシェルにピッタリな大きさなのだ。
「セノア様」
「こちらにどうぞ」
扉の中には小さな庭とガゼボがあって、ハーブが植えられ、香しい風が吹いている。
白いテーブルと椅子はやはり少し小さい。
「気に入っていたけど、新調しようかな」
セノアはミッシェルを座らせるとそう口にして笑った。しかし、すぐに俯いた。
「ねえ、君は先ほどの騒ぎ、どう思った?」
「……ミッシェルを庇ってくださって、感謝しております」
「はは、当たり前のことを……そうではなく」
「お命を狙われたのは、セノア様ですか? それとも会場の誰かでしょうか」
「……」
セノアは顔を上げて、ルネッタを見つめ口の端を歪めた。
「誰でも良かったのだろう、今回は」
「……」
「その上で君はどう思った?」
「私には、それでも隣に立つ覚悟がありますわ。そして自分の身を自分で守れるバルミールの女らしい力も持ち合わせております」
「……」
「家族を守る、それがバルミール家。夫になる人を守るのは当然です」
「それではあまりに僕が情けない。しかし、確かに壁越えの跳躍は見事だったな」
「あれは……っ」
「美しい蝶のようだった」
「えっ……」
ルネッタの青い瞳があまりに真っ直ぐに向けられたものだから、セノアは少しだけ頬を赤らめた。
「けれど、ここに連れてきてくださったのは、この話をするためだけではないですよね? ミッシェルのことをどこまで知っていますか? そして誰がご存じなのですか?」
「君は真っ直ぐだな」
「家族になる人にだけです」
「そう……」
セノアは笑って、小さな淑女として大人しく座っていたミッシェルに視線を向けた。
「ミッシェル嬢のギフトは『彼方の目』。僕がそれに気がついたのは君と出会った日だ。誰にも話していないが……先ほどの騒ぎで父上は気づいたことだろう」
「……たったあれだけの手がかりで」
「そうだね。だけど王城には僕より聡くてずる賢い者ばかり。大切なものを守りたいなら気をつけることだ」
「心に留めますわ」
「そして、あの日空から舞い降りてきた君に一目惚れしたのは本当だ」
ルネッタが目を丸くして、次いで顔を真っ赤にする。
セノアが笑う、あれは精霊の悪戯が導いたような不思議な出会いだった。
* * *
バルミール一家が、中央神殿を訪れたあの日、ルネッタとセノアは出会った。
「ミッシェル-!!」
神殿から抜け出してしまったミッシェルを探し、声の限りルネッタは叫んでいた。
「こっちだよー!!」
ミッシェルの声が聞こえる。
その声は薔薇の垣根の遙か向こうから聞こえてくるのだった。




