婚約と王家と辺境伯一家 4
――無事に終わりそうね、とウェンディは思った。
両陛下や王太子殿下との顔合わせも無事に済み、ルネッタが王家に受け入れられたことも周囲に知らしめた。ウェンディのことを悪く言う者もいたが、大きな騒ぎには至らなかった。
しかし、そのとき事件が起こる。
「う……うわあぁぁん!」
急にミッシェルが泣き始めたのだ。
王妃は軽く瞠目したものの、子育て経験がある彼女はにっこりと微笑んでウェンディにミッシェルを差し出した。
ウェンディは、ミッシェルがこんな風に泣くのを見たことがなかったため戸惑いつつも彼女を抱きしめてあやす。
「どうしたの……ミッシェル」
「こわいよ……!」
ミッシェルはウェンディにしがみついてしばらく泣いた。
もしかするとギフトの力で何かを視てしまったのだろうか……。
ウェンディの予感は恐らく当たっている。
「――何があったか話して……ミッシェル?」
「降ろして」
「……ミッシェル」
ウェンディはためらったが、ミッシェルがもう一度「降ろして!」と叫んだので、彼女を降ろす。
ミッシェルはちょこちょことテーブルに向かい、テーブルクロスを思いっきり引っ張った。
テーブルにのっていたオードブルやドリンクがこぼれ、ガチャンガチャンという音が会場中に響き渡る。
「ミッシェル……」
ウェンディは青ざめた。ルネッタもどうすればいいのかと困惑しているようだ。
会場の貴族の一部が「不敬だ」「陛下がいらっしゃる場所で!」と騒ぎ始める。
恐らく騒いでいるのはルネッタやバルミール家を陥れたい者たちだろう。会場は騒然となりかける。
「おそらく、あのテーブルの上の食事か飲み物が関連していたのだろう……ミッシェルは怪我をしてないか……」
ディルは国王と王妃に軽く礼をして、ミッシェルに走り寄ろうとした。
しかし、それよりも早くミッシェルを抱き上げた者がいた。それは王太子セノアだ。
「――皆の者、僕の義理の妹はまだ幼く、ついつい悪戯をしてしまったようだ……。義妹の代わりに僕が詫びよう、すまなかった」
銀の髪に深紅の瞳をしたセノアがそう口にして微笑むと、騒ぎかけていた貴族たちは黙り込む。
王太子がミッシェルと義理とはいえ妹として扱った以上、幼い彼女への非難は不敬に当たる。
「ルネッタ嬢、少し外の空気を吸わないか?」
「え、ええ……」
ミッシェルはセノアに抱き上げられた途端に、にこりと笑顔を浮かべた。
会場は給仕たちによって粛々と片付けられていく。
「陛下、ネズミが紛れ込んでいたようですよ?」
「セノア……」
ミッシェルを抱き上げたまま、国王に耳打ちするセノア。
鷹揚に頷く国王。
ウェンディは、国王とセノアの様子から、彼らはミッシェルの力についてすでに情報を得ていると言うことを察した。
「――王太子殿下……」
「ルネッタ嬢、君は僕の婚約者だ。どうかセノアと呼んでくれ」
「セノア様」
「嬉しいな……では、皆の者、失礼する」
去って行く三人の姿を会場中が呆然と見守った。
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