婚約と王家と辺境伯一家 1
あのお茶会から一ヶ月が経過した。
ルネッタが王太子の婚約者に電撃指名されたせいで、バルミール一家はまだ王都に滞在していた。
ディルは毎日、会議と称して王城へ。
ウェンディには埋もれてしまいそうなほどのお茶会や夜会への招待状が届いている。
ウェンディが招待状の封を開いてルネッタに渡す。
「このお茶会には参加する必要なし――反対派閥だわ。罠が仕掛けられている可能性が高い」
「なるほど……」
再び招待状の封を開いてルネッタに渡す。
「――これは断れないわね。お兄様の立場的に……」
「そうなのですね」
手帳に予定を記入するウェンディを横目に、ルネッタは今度は自ら招待状の封を開いて確認していく。
とにかく判断が速い。
「ルネッタはすごいですね」
「これくらい出来なくて王太子の婚約者は……」
急に口ごもり頬を染めるルネッタ。
ウェンディは思う……彼女にとって王太子の婚約者という座が家族を守るための義務なのであれば、なんとしてもそれを阻止したかった。だが、様子を見る限りその必要はない……むしろ応援すべきなのだろうと。
埋もれそうだった招待状は『参加する』『直筆で返事』『代筆で返事』の三つの箱に全て分類された。
「私がいなくてもできそう?」
ルネッタの言葉からは別れの香りがする。
「ええ……できそうです。つまりは派閥の力関係と、仲良くすべきかと、距離を置くべきかですね」
「あとは仲良くしたいかしたくないか。楽しそうかつまらなそうか、ね」
「ふふ、ルネッタも冗談を言うことがあるのですね」
「いいえ」
ルネッタはニヤリと笑った。
「人生楽しく――これが、バルミール家の家訓よ」
「なるほど」
確かに、バルミール辺境伯家は自由だ。
もちろん、全員が家族や領民を優先する自己犠牲の強いタイプではあるが……それと同時に、それすら楽しんでいるように見える。
「わかりました」
幼いころから神殿に引き取られたウェンディは『耐えることが美徳』『楽しむことは罪』という建前と『名誉と金が至上である』『人より己』という現実を見ながら生きてきた。
だからこそ、自由でありながら人を思いやるバルミール一家の生き方に強い感銘を受けるのだろう。
ポンッと音を立てて、虚空に薔薇が出現した。
それは白銀の光をまとって今日もフワフワとルネッタの手に落ちてくる。
「――王城で、ガラスケースに収められて王の間に飾られているのよ、この薔薇。こんなに簡単に出すのはやめてほしいわ」
「たぶん、精霊が褒めてくれるときにくださるものなので、私の意志は関係なくて……」
ウェンディが生み出す『聖女の薔薇』。
これがのちほどちょっとした騒動を巻き起こすなんてまだ二人は知らない。
「お花お花お花~!! お花いっぱい!!」
鼻歌を歌いながらミッシェルが部屋に飛び込んできた。
ミッシェルはルネッタに小さな両手を差し出して「ちょうだい!!」と聖女の薔薇をねだる。
「貴重な物なのよ」
「ほしい! せいれいさん、みっしぇるのって言ってる!!」
「……まあ」
ルネッタがチラリと視線を向けたので、ウェンディは大きく頷いた。
差し出された薔薇は、ミッシェルが手にした瞬間、一瞬強い光を放ったように見えた。
「――せいれいのしゅくふくを」
「ミッシェル?」
ほんの一瞬、ミッシェルが二歳にしては大人っぽい笑みを浮かべた。
しかしそれは目の錯覚だったのか、次の瞬間には薔薇を手にしてクルクルと踊り回っている。
「いっしょにおどろ~!! お花いっぱい!!」
そのあまりの可愛らしさに、ウェンディとルネッタは顔を見合わせ微笑んだ。
そしてミッシェルと一緒に手を繋ぎあい輪を作ると、仲良くクルクルと踊る。
ミッシェルの言葉は時折未来の一場面を告げる――しかし、そのときにならなければ、その台詞の意味に気がつくことがないのだった。
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