出会いと薔薇とお城のお茶会 3
バルミール辺境伯家は丁重にもてなされた。
それはそうだろう――貴族家としては公爵家、侯爵家に次ぐ家格。
さらに、この国の穀物のほとんどを生産し、魔道具を使うのに欠かせない魔石の原石である魔鉱石も採掘されるのだ。
しかも彼の地を治めるのは英雄ディル・バルミール……周囲が一目置くのは当然だろう。
けれど、聖女をしていても泥や血にまみれていることが多かったウェンディはこんなに注目されたことがない。緊張感は否応なく高まっていく。
彼女の手が微かに震えていることに気がついたのか、ディルが「抱き上げようか?」と事もなげに言った。そんな彼はすでにミッシェルを片手で抱き上げている。
ウェンディは思う――ディルにとっての自分は、ミッシェルと同列の目が離せない妹みたいなものなのかもしれないと……。
しかし、ディルが抱き上げようか、と言ったのはあまりに美しく周囲の視線を集めているのにウェンディに自覚がないことから周囲への牽制の意味もあるのだろう。
今日も新婚夫婦はすれ違っていた……。
お茶会は王城の庭園で開かれるようだ。
「婚約者候補って……こんなにたくさんいらっしゃったのですね」
「――高位貴族の子女たちは、王太子殿下の婚約者が正式に決まるまで他家との婚約を保留していることが多い。どの家も王妃を輩出したいと考えているからな」
「……」
「我が家は別にそこまで……ルネッタがやる気を出しているから応援しているだけだ」
「……ですよね。だって、王城って神殿と同じでとても窮屈で嫌な雰囲気であふれていますもの」
ウェンディは黙って茶会の様子を見つめた。
淡い紫色の瞳は、どこか遠くを見ているようだ。
「――本当に、仲良くしているようで仲が悪いです」
「君にはそう見えるか」
「ディル様にだってそう見えるのでは?」
「相違ない」
恐らく見ている景色が同じでも、ウェンディとディルの捉え方は違う。
ウェンディは聖女の印を持つため周囲の禍々しさを感じ取っているだけで、ディルは今までの騎士として、そして辺境伯としての経験からそのことを知っているだけだ。
しかし二人は違う角度から物事を見ていても二人とも本質を捉えているという意味では同じなのだろう。
「さあ、君たちの席はそこだ」
「ずいぶん上座なのですね」
「家格と功績……名誉と金……そして情報。ここではそれらが重要で、我が家は全てを持っている」
「ディル様が……ではなくですか?」
「いや、我がバルミール家の者が、だ。この場所では君もその一人だと自覚してくれ」
「わかりました」
ウェンディは、承知したという意味でにっこりと微笑んだ。
しかしその笑みを見た途端、ディルの表情が曇る。
「不安になるのはなぜなんだ……」
「大丈夫です。聖女をしているときも、式典の所作については褒められていましたから」
「……そうか……ルネッタ、頼んだ」
「お義姉様のことはお任せください、お兄様」
「――ウェンディもルネッタを頼む」
「お任せください!」
ディルはミッシェルを抱え、双子を連れて何度も振り返りながら去って行った。
騒めくお茶会……ウェンディはやる気に満ちあふれ、ルネッタは表情を改めるのだった。




