王都と中央神殿 3
「お前たち……また盗み聞きか」
「――まあまあ。中に入りなさい、お茶を淹れるとしよう」
四人の子どもたちは、仲良く並んで席に着いた。
「失礼致しました、神殿長」
「いや、ルネッタ様はしばらく見ぬ間にさらに美しくなられましたな」
「まあ……ありがとうございます」
ソワソワとお菓子を盗み見ているジェフとレイは、しかし屋敷の中のように許しなく手を出すことはない。外ではマナーと礼儀を守れるのだと、ウェンディは感心した。
しかし、まだ二歳のミッシェルにはあまり関係なかったようだ。
「あい、どーじょ!!」
神殿長から貰ったお菓子が美味しいとわかるや、機嫌良く全員に配り始めた。
「ミッシェルったら……申し訳ありません」
「いや、可愛いものだ。ジェフ殿とレイ殿もたくさん食べておくれ」
「「わーい!!」」
二人も嬉しそうに食べ始めた。
神殿長は子どもたちの姿を見つめてから、再びウェンディとディルに向き直った。
「さて、ミッシェル様も二歳になった――バルミール辺境伯夫妻はこのあとどうされるおつもりですか?」
どうする、というのはもちろんミッシェルが授かった『彼方の目』という未来を視ることのできるギフトのことだろう。
「神殿長――私はギフトについては一通り文献で目を通していたつもりです。けれど、一部のギフトについては出現した数が少ないせいか詳しい情報がありませんでした」
「ミッシェル様のことについては、辺境伯家の文献のほうが詳しく書かれていることでしょう」
「そうなのですか……?」
「――歴代で彼のギフトを授かったのは、辺境伯家の血を受け継いだ者だけですから」
「……」
お菓子を食べ終わったミッシェルは立ち上がる。そして、青い目で何度も瞬きをした。
「るねった、どろどろ」
「――ミッシェル?」
「迷路、遊ぶ!!」
外へと駆け出していった。
「――ミッシェル! ジェフ、レイも外に行くわよ!」
「ああ、ルネッタ様。外の薔薇の垣根は迷路のようになっています。棘はない品種ですが、迷子にならないように」
「ええ、気をつけますね!」
神殿長はミッシェルを追いかけるルネッタの背中をじっと見つめている。
彼の瞳から不思議な魔力の流れを感じたのは、聖女であったウェンディだけなのだろうか。
しばらく子どもたちが去った扉を見つめた後、神殿長は振り返り柔和に微笑んだ。
「そういえば、ルネッタ様の胸元に飾られていたのは聖女の薔薇でしたね。夫人はまだ聖女の薔薇を生み出せるのですか?」
「ええ、先日祝福をしたところ薔薇が生まれました」
「――そうですか」
神殿長は少しだけ悪戯っぽい視線をディルに向けた。
そのあとはしばらくの間、ウェンディが辺境伯家に行ってからの出来事を語ることになった。
嬉しそうに聞いていた神殿長は、ニヤリと口の端をつり上げた。
「バルミール辺境伯は夫人をガラス細工がごとく大事にしているようですね。それもこれも、夫人が色恋に関しては少々幼い故か」
「……黙秘します」
「そうですね。早くお二人に幸せな時間が訪れますよう」
「――神殿長ともあろうお方が色恋に興味を示すなど」
「人の営みとして当たり前のことです――それに我らが仕える精霊は、尊き存在ではありますが案外そういう話が好きなのですよ」
神殿長はお茶のおかわりを注ぎながらにっこりと微笑んで再び口を開いた。
「そういえば、ルネッタ様は王太子殿下の婚約者候補の一人でしたね」
「――ええ」
ルネッタは思い詰めている節がある。ウェンディとしては、安全とは言えない王城に行くより、バルミール辺境伯家で幸せに過ごし、いつか好きな人と添い遂げてほしいと思っている。
しかし、自分の人生を決めるのは彼女自身であることも重々承知の上だ。
「おやおや面白い……何一つ興味を持たなかったあのお方が」
「あのお方?」
神殿長はウェンディとディルに何かを言おうとしたが、その口から音が漏れ出すことはなかった。
「神殿長?」
「話せないか――多くの未来を視たとしても、精霊が周囲に話すことを許してくれるのはごく一部だけなのですよ」
神殿長はにっこりと笑った。
未来を知っているのに誰かに話すことは精霊の許しがなければ出来ない。それはとても不便なことのように思えた。
「不便だと思いますか……?」
「ええ」
「誰にも話せないからこそ、水面下で物事を進める術に長けたのです。だがミッシェル様のギフトは違う、未来を自由に他者に伝えることができるあまりに大きな力だ――しかし誰にでも伝えられるが『彼方の目』は自身が望んだ未来を視ることは出来ない。あくまで精霊の気まぐれにより見せられてしまう」
「……それは」
そのことについてさらに聞こうとしたとき、扉が開いた。
ウェンディは子どもたちが帰ってきたのかと視線を向け、驚いて目を見開いた。
いつもとは違いジェフとレイは服を汚していないにもかかわらず、ルネッタとミッシェルは泥だらけだったのだ。
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