王都と中央神殿 2
ウェンディとディルは、中央神殿に降り立った。
白薔薇は聖女の証――中央神殿は至る所に薔薇が美しく飾られ、荘厳な造りをしている。
初代聖女が祈りを捧げたという泉を囲うように作られた神殿は、今も周囲を多くの緑で囲まれ静かだ。
「ずいぶん長いこと離れていた気がするわ……」
ウェンディは一歩踏み出した。
幼いころ孤児院から引き取られてから、長い間ここにいた。
聖女引退を迎え、辺境伯家の侍女になるのだと旅立ってからまだそれほど時は経っていない。
あまり楽しかったという思い出はないこの場所、けれど懐かしくすら思えてくる。
「さあ、老師にお会いしよう」
「神殿長はお元気でしょうか」
「あの方のことだ、お元気に相違ない」
神殿長は普段、神殿の中心にある建物ではなく外れの建物に暮らしている。
それは荘厳な神殿と比べると小屋のような粗末な家だ。
ウェンディが扉を叩くと「入りなさい」と穏やかな声で返事があった。
長いローブを身にまとった神殿長は、ここから旅立つ前と何一つ変わっていなかった。
しかし、嬉しそうだ。
「お帰り、ウェンディ」
「ただいま戻りました……神殿長」
「幸せそうで何よりだ。それにバルミール辺境伯も表情が柔らかくなったな」
「そうでしょうか……」
神殿長は縁結び老師と言われている。
彼が成婚させた夫婦は百組近いという。そして誰一人として別れておらず、幸せに暮らしている。
宰相夫妻、王立騎士団長夫妻並びに副団長夫妻……そのほかにも大物夫婦が多数いるのだという。
「……君たちが百組目だよ」
「そうだったのですか――でもひと言言わせていただければ、私は侍女募集だと思いましたよ」
「そうか……バルミール辺境伯の元々の手紙を見るかね?」
「ろ、老師!?」
ディルは慌てたような声を出したけれど、神殿長は構わずウェンディに手紙を差し出した。
恐らく二人が来ると知って、あらかじめ準備をしていたのだろう。
「……」
そこに書いてあったのは、家族へ隠し事をするのは苦手なディルらしい手紙だった。
辺境伯領では力がある女性がよいとされること。ウェンディは力もあってぴったりだと……さらに、侍女がいるが高齢であるため家事を頼むこともあるだろうが手伝うので許してほしいこと。そのあとはウェンディの治癒魔法がいかに優れているか語っていた。
「――結婚の申し込みと言うより、お仕事のお誘いに近いですね?」
「ああ、こちらの文面をまとめた結果、君に渡した書面になった」
「……でも、花嫁だと大きく書いていただいていたら、私は勘違いすることなんて」
「君は行かなかっただろう」
「……行かなかったかも、しれませんね」
ウェンディは聖女として過ごしてきたが、自分の信じる道を曲げることが出来ず、結果周囲から孤立していた。そんな自分が花嫁になったら相手方には迷惑になるだろうと考えていた。
だからこそ、自活しようと侍女の募集に飛びついたのだ。
神殿長は幼いころにウェンディに聖女の印を見いだしてから、孫のように大切にしてくれている。
だからこそ、ウェンディの考え方もお見通しだったのだろう。
「だが、精霊のお告げ通り幸せそうで何よりだ」
「精霊のお告げ?」
「そうだ――君たちの結婚は、王国の未来に繋がるのだよ」
「王国の……未来?」
「そう、扉の前で聞き耳を立てている未来ある子どもたちの……ね」
その言葉を聞いて何を思ったか、ディルは「失礼します」と席を立ち扉を勢いよく開け放った。
すると、ジェフとレイが部屋の中に転がり込んできた。
さらに扉の向こうにはミッシェルを抱えたルネッタ、その横に立つ侍女の姿もある。
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