お試し花嫁の一日
昨夜は結局大盛り上がりしてしまった。
辺境伯家のきょうだいは、どの子もとっても可愛らしくて良い子だった。
ちょっと反抗期になりかけているルネッタも、ずっとウェンディのそばを離れなかった。
「……ところでディル様?」
「なんだ」
「どうして当主ともあろうお方が私と一緒にお洗濯しているのですか?」
「――君こそ聖女は普通洗濯などしないぞ」
二人は大量の洗濯物と対峙していた。
ウェンディが水魔法でタライを満タンにすると、ディルが風魔法で洗濯物を洗い上げた。
二人の共同作業はぴったりと息が合っている。
ディルは洗濯物を干すのも手慣れていた。
「ところで、どうして侍女がいないのですか?」
「信頼できる者しか雇えない理由があって高齢の者ばかりだったんだ。しかし次々と腰を痛めて引退してしまってな……」
「まあ、それはお気の毒……」
二人で取りかかれば、ここ数日溜まっていた洗濯物はあっという間に青空の下パタパタとはためいていた。
「次は朝ご飯ですね。料理長を手伝ってまいります」
「慣れているな」
「神殿併設の孤児院の子どもたちのお世話をしていましたから」
「聖女なのに……か」
「――聖女だからこそ、ですよ」
ディルの言うとおり、通常聖女が子どもたちのお世話をすることなどない。
聖女は祈りを捧げ、貴族たちに治癒魔法を施し、白いドレスを着て過ごす。
ウェンディと同世代の聖女たちも、美しく着飾り、祈りを捧げ、静かな毎日を送っていた。
そして一人、また一人と貴族や王族に見初められて聖女を辞めていった。
しかしウェンディは、魔獣との戦いが始まれば治癒のため率先して最前線に向かい、日々は子どもたちのお世話をして過ごしていた。
結局、彼女に貴族からお声がかかることはなかった――はずだった。
「あの……どうして私を花嫁にと所望されたのですか?」
昨日の夜、ディルには事情を話して花嫁候補、と言うことにしてもらった。
ウェンディだって、仲間のために、国のために働くディルのことを遠目には素敵だと思っていた。
しかし、二人は会話を交わしたこともなかったはずだ。
ディルはにっこりと微笑んだ。
「君しかいないと思っていたからな」
「えっ……」
「三年前、父と母が亡くなるとほぼ同時に魔獣が大量発生した」
「……それは存じていますが」
「君も当時応援に来てくれていたな」
「ええ、そうですね」
この辺境伯領は、魔力の多い土地だ。
魔力が多い土地には、不思議な力を持つ泉が湧いたり、魔力を内包した鉱石である魔鉱石が産出されるなど利点も多い。
しかし、それと同時に魔力を持った獣である魔獣が発生することも多いのだ。
魔獣の生態は現在でも謎に包まれている。
一説によると普通の野生動物が魔力の影響を受けて力を持つのだとか……。
「そこで君に恋をした……」
「えっ」
ウェンディは驚きのあまり目をまん丸にした。
辺境伯領では、一般の治癒師に交じって泥まみれで過ごしていたはずだ。
惚れられるような要素はなかったと思うのだが……。
首をかしげていると、ディルはクスリとウェンディに笑いかけた。
二人の距離は縮まり、ちょっとだけ良い雰囲気になった……そのとき「ママー!!」という声がした。
「おや、ミッシェルが君を探しているようだ」
「――どうしてミッシェルは私のことをママだと」
「……ミッシェルは我が一族の力を強く受け継いでいるからな」
「一族の力?」
ディルが続けて口を開こうとしたとき、ウェンディとディルに向かって走ってきていたミッシェルが転んだ。
ウェンディは慌ててミッシェルのそばに駆け寄り彼女を抱き上げる。
泣きかけていたミッシェルは、ウェンディに抱き上げられると笑顔を浮かべ「ママ!」と言った。
振り返るとディルは二人に優しげな視線を向けていた。
「――そろそろ、辺境伯騎士団に行く時間だ」
「いってらっしゃいませ」
「どうか留守を守っていてくれ」
「かしこまりました」
結局、ミッシェルの力がなんなのか聞くことはできなかった。
もちろんまだ幼いミッシェルが、自分の力のことを話すことなんてできはしない。
子どもたちが次々に起きてくる。それと同時に想像以上に慌ただしいウェンディの一日が始まるのだった。
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