王都と中央神殿 1
――楽しい旅は終わりを告げる。
子連れの旅とはどうしてこんなにも楽しく――疲れるものなのか。
王都の辺境伯屋敷にたどり着いたウェンディは、用意されていた部屋でぐったりとソファーに倒れ込んだ。
聖女として騎士団と行動を共にすることも多かった。
あばら屋に泊まったこともあるし、野宿したこともある。
そんな日々よりよほど快適な馬車の旅だったはず……しかし、子どもたちのエネルギーときたら。
「でも、楽しかったわね」
ウェンディが取り出したのは、旅の途中でディルが買ってくれた髪留めだ。
可愛らしい小さな薔薇の髪留めは、普段使いに良さそうだ。
ディルはウェンディにすでにたくさんの贈り物をしてくれているが、彼自身が選んで手渡してくれた贈り物はことさら嬉しい。
――ちなみに、ディルがウェンディに贈った品は全て彼自身が選んだものなのだ。しかし、その事実をウェンディが知るまでにはもう少し時間が掛かる。
「でも、ここからは気を引き締めなければいけないわ」
ウェンディは起き上がると、侍女を呼んでよそ行きのドレスに着替える。
王都の屋敷にはきちんと侍女がいた。
しかし、彼女は実は辺境伯騎士団の女騎士らしい。そのことを聞いたウェンディは驚いたが「王都では屋敷に侍女もいない、というのは対外的に……どうかお気になさらず」と侍女は微笑んだ。
古い造りで大切にされた家具が多い領地の屋敷と比べ、王都の屋敷は煌びやかで明らかに周囲からの目を意識している。辺境伯領の純朴な領民たち、大自然、優しい家族――そんな幸せに慣れてしまった今、ウェンディは生まれ育ったはずの王都がとても息苦しい場所に思えた。
「――行くのか、ウェンディ」
階下に降りるとエントランスホールには、すでに完璧に身支度を終えたディルがいた。
「ディル様はどうしてここに」
「一緒に行くからに決まっているだろう。それに、老師にもお会いしたいからな」
「……でも」
「ああ、君のことを悪く言う輩がいてもいきなり決闘を挑んだりは……」
「まって、私が考えた心配と違う!?」
ウェンディが心配したのは、野生の聖女とまで言われている自分と一緒に神殿に来ることで、ディルまで悪く言われるのではないかということだ。
しかし、ディルの言葉を聞いてしまった今、むしろ神殿の聖女や神官が心配になってしまう。
「それに……彼らも理解していることだろう」
「理解……何をですか?」
「君がどれだけ正しい道を歩んでいたかを」
「え?」
ディルは不敵に笑い、いつになく優雅に手を差し伸べてきた。
手を重ねると慣れた仕草でエスコートされる。
「だが、君を手放して周囲が後悔しても譲る気はないがな……」
ディルにエスコートされ、先ほどまでの緊張が嘘のように落ち着いた気持ちでウェンディは中央神殿へと向かうのだった。
ルネッタにジェフとレイ、ミッシェルまでもが女騎士改め侍女を引きつれて、別の馬車で密かに付いてきていることも知らずに……。
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