元聖女と普通の少女
二週間ほどで全員お揃いの服は見事完成した。
そして、ルネッタが参加する王都のお茶会の日が近づいてくる。
その日が近づくにつれ、ルネッタは物憂げになっていった。
「ルネッタ……無理しているのではない?」
「お義姉様……そうね、ちょっと不安だわ」
珍しいことにルネッタが弱音を吐いた。
ウェンディは思わずルネッタをギュッと抱きしめる。
いつもしっかり者で、少し口調が強く、礼儀作法が完璧なルネッタ。
しかしその体は細く小さくて、彼女の年齢がまだ十二歳であることを思い知らされるようだ。
「――辞退できないのですか?」
「いいえ、お茶会はもう決定しているもの。それに今回は特別なの」
「王太子殿下はどのようなお方ですか」
「お会いしたことが――ないの」
そういえば……とウェンディは思い出す。
王族は十三歳になるまで周囲に姿を見せることがない。
王太子はルネッタと同じ年齢……間もなく十三歳になる。
「王太子殿下の十三歳を祝うお茶会……なのですね」
「ええ、だから少し、ほんの少し緊張してしまって」
抱きしめられながらポツリと呟いたルネッタだったが、すぐにウェンディから離れて笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。ちょっと弱気になったわ……私らしくもない」
「そんなことありません!」
ウェンディはそう言って、もう一度強くルネッタを抱きしめた。
まだ幼い少女が頑張ろうと決めているのは、弟や妹……そして何もかも抱えようとする兄のためなのだ。その健気な姿勢を見たウェンディは必ず彼女を支えようと心に誓った。
「……ありがとう」
「無理することはないです。もちろん、ディル様やジェフにレイ、ミッシェルを守ろうという気持ちは尊重しますが」
「――私はお義姉様のことも守りたいと思っているわ。だって……すごい力を持っているのに王都での扱いはひどいものだったと聞いているもの」
ウェンディはキョトンッと淡い紫色の目を見開き、瞬かせた。
確かにほかの聖女たちに比べて治癒力は強かったかもしれないが、ウェンディは完全なる落ちこぼれだ。
神殿に所属する聖女はウェンディだけではない。聖女とは清廉で聡明で美しいものなのだ。
そう言った意味で、ウェンディは完全に落ちこぼれだった。
「お兄様から聞いているもの……お義姉様より素晴らしい聖女はいなかったって」
「まあ……ディル様の言うことを真に受けてはいけないわ」
「そういうところよね。大丈夫、私が守るわ」
ルネッタは謙遜するウェンディを見つめた。
ウェンディは味方の血で自らの体を汚しながら、自らも傷つきながら、それでも騎士たちのそばに寄り添い治癒の力を振るい続けたという。
彼女の姿は王都では聖女らしくないと言われていたというが、辺境伯領では実は女神のごとく語り継がれている……もちろんウェンディは知らないが。
「私は王太子殿下の婚約者に選ばれてみせるわ。魔法も力も持たずに生まれた私が、唯一できることだもの」
「ルネッタ……」
ミッシェルは『彼方の目』、ジェフとレイは『戦神の両手』というギフトを持つ。
ギフトが彼らに与えるのは祝福だけではないだろう――だが、苦難と共に彼らは確かに力を手に入れる。
ルネッタは寂しそうに微笑んだ。彼女は美しく、努力家で、聡明で、ちょっとだけ口調が強くても心優しい。けれど、魔力もギフトも持たずに生まれた普通の少女だ。
「お義姉様が聖女の印を持って生まれ苦労してきたのは知っているの……でも、羨ましい」
「そうね……そうかもしれないわ」
「……」
「この印がなかったら、あなたたちの家族にしてもらえなかったかもしれないもの」
ウェンディにとって聖女の印は力を与えるものであると同時に、彼女から普通の幸せを奪い続けるものでもあった。
だが、その印があったからこそ今、ウェンディはバルミール家に家族としていることができる。
「神殿が名をつけなくたって、あなたの努力する姿勢も、優しさも、きっと精霊が与えたすばらしいギフトだわ」
ウェンディはルネッタの額に口づけをした。
「あなたに精霊の祝福がありますように……」
それは聖女が祝福を与えるときの言葉だ……離れた瞬間、唇と額の間に白い薔薇が生まれ、フワリとルネッタの手のひらの上に落ちた。
最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




