魔法道具屋の妻
マスタは街の嫌われ者である。
身長二メートル越えの強面巨漢という見た目で他人に威圧感を与えてしまうというのもあるが、何より拷問系の魔法を得意とする魔道士、つまり、拷問士だからだ。
加えて人とコミュニケーションをとることが苦手なため、噂は勝手に広まるばかり。
曰く、夜な夜な人々を拐っては、自宅の地下にある拷問部屋で魔法の実験台にしている。
曰く、目についた美女を拷問で脅して囲っている。
事実無根な上に、該当する行方不明者も、マスタの家の地下室も存在しないのだが、そういう話になっているらしい。
それでもマスタは、前ほど街を歩くのが辛くなくなっていた。
今日も悠々と街を歩いていると、その『理由』たちが前を歩いていた。
華やかなピンクの短髪とつややかな黒の髪を髪留めで結い上げた頭。
「セキ、ユサ」
マスタが声をかけると、
「ああ"っ!?」
ピンクの髪の少女―セキがこちらをすごい形相で睨み付けてくる。マスタは気持ち後ろに退がった。
華やかな美人のはずのセキは、眉間に皺を寄せ、近寄っただけで刺されそうな殺気を振り撒いている。
「何かあったのか?」
「何もないわよ!!」
絶対に何もなくない。
すると、ユサがとことこと寄ってきて、
「セキはね···お」
「ユサ!余計なことは言わないの!」
セキに怒鳴られて、ユサは素直に黙る。マスタは、「お」ってなんだと気になってしょうがない。
しかし何故ユサはこれだけの殺気に晒されて平然としていられるのだろう。一応ベテラン冒険者のマスタでも多少戦慄するのだが。
そこでふと、こちらに向けられた視線に気がつく。
通りの向こう側。マスタがセキたちと一緒にいるのを見て、通行人たちがひそひそと話をしている。
セキに怯えているのかと思ったが、視線からして、どうやらまたマスタの噂をしているようだ。
「気に入らないなら、あたしが殴ってきてあげようか?
ユサ、腕力上昇かけて」
「わかったー」
「いや、いい」
セキの厚意なのか憂さ晴らしなのかわからない申し出は遠慮した。
マスタは先日、花屋のオノという女性の告白を断った。
そのため元々評判の悪かったマスタは、街一番の美女を振った極悪非道の男として噂されるようになった。
但し、その後、オノとはちゃんと話し合い、交流も続けているので、その噂は次第に風化しつつあるが。
それでも気に入らない奴は気に入らないのだろう。今度はセキとユサを連れているのを見て、若い娘を侍らす助平親父という呼称を追加してきたのだ。
「滅茶苦茶不名誉じゃない?」
と、セキは言うが、それでもこの二人を遠ざける理由にはならない。
この二人はマスタにとって大切な仲間だ。
「二人はどこへ行くつもりだったんだ?」
マスタは話題を変えた。
「そこ」
セキが指差した先には、こじんまりとした店が一軒。看板を見ると、店名は『ポローニア』。見た目からして、
「魔法道具屋か」
「あたしの父さん、ここの店長と幼馴染みなの
だからちょっとオマケしてもらえるのよね」
話しているうちにセキは少し怒りが収まってきたようだ。ユサの手を引いて、店のドアを開ける。
マスタもなんとなく二人について入る。
「いらっしゃい」
奥のカウンターにいるのは、いかつい顔をした禿頭の男だった。年はマスタと同じくらい。身長はマスタより大分低いが、体つきはがっしりしている。
マスタが言える筋合いではないが、かなり近寄りがたい雰囲気がある男だった。
男は来たのがセキだと気づくと、
「よお!セキ」
人懐っこい笑顔を浮かべる。いかつい印象が一気に和らいで、マスタは驚いた。
「機嫌悪そうだな。また彼氏と喧嘩したのか?」
「あいつは彼氏じゃない!!」
セキがカウンターを殴りつける。店主を直接殴りつけなかったのはなけなしの理性だろうか。
「まあまあ」
店主はセキを軽くあしらってから、
「そっちは、ユサと···新顔だな」
「マスタだ」
「ああ、美女を取っ替え引っ替えしてるっていう噂の!」
嫌な噂がここにも広まっている。
「よろしく!タカナシだ」
店主は屈託のない笑顔で名乗ってくる。噂を知っているのは確かなのに、タカナシはあまり気にしていないようだ。信じていないのか、信じた上で気にとめていないのかはわからないが。
しかし、マスタはセキやユサ以外に友人と呼べる相手がいない。自分と同世代の知り合いが出来たのは少し嬉しかった。
そのとき、足にぱふっと、軽い衝撃がくる。
見れば、小さな男の子がマスタの足にぶつかっていた。
「カナマル、店の中で走るなって言っただろ」
タカナシが男の子を叱る。
二歳か三歳といったところか。物怖じしない性格なのか、平然と二メートル以上あるマスタを平然と見返してくる。くりっとした瞳とぷくっとした頬が可愛らしい。
「うちの息子がすまねえな
ほら、ごめんなさい、だ」
「おめなしゃい」
カナマルというらしい男の子がぺこっと頭を下げる。可愛い。思わず頭を撫でたくなる。が、不審者になりそうだったのでマスタは断腸の思いで我慢した。
「どうした」
カウンターの奥から女性が出てきた。
「キリイ」
タカナシが女性の名前を呼ぶ。
そして現れたその姿に、マスタは目を見張った。
なんて美しい女性だろう。
年はやはりマスタと同じくらい。黒いショートカットに切れ長の瞳。スレンダーで背が高くどこか中性的で、受ける印象はかなりクールだ。
女性はカウンターを出て、カナマルのそばに立つ。
「カナマルが、どうかしたのか?」
佇まいも声も凛としていて魅力的だった。
「いや、カナマルがこちらさんにぶつかったんだ」
タカナシがマスタを示して言う。
こちらを向いたキリイと目が合って、マスタはどきりとした。
「それは申し訳ない
カナマル、ちゃんとごめんなさいはしたか?」
「したー」
「そうか」
元気な返事をするカナマルの頭を女性は優しく撫でる。
タカナシはカウンター越しにキリイの肩を抱くと、
「俺の妻のキリイだ
俺と並ぶと美女と野獣、だろ?」
タカナシはにししっと笑う。
「またお前はそんなことを···」
キリイが呆れたようにタカナシの肩をぺしっと叩いた。
その足元にはカナマルがぎゅっとしがみついていた。すごく可愛い。どちらかというとカナマルはキリイに似たらしい。
セキがこそっと、
「タカナシとキリイもね、幼馴染みなのよ
小さい頃からタカナシがキリイのこと好きだったんだって」
その情熱を、マスタは羨ましく思えた。マスタは今のところそこまで誰かに胸を焦がしたことがないため未婚である。
「キリイも魔道士なんだ」
タカナシが言う。
「そうなのか、専門は?」
「呪術」
呪術士。拷問士のマスタや魅了士のセキと同じく偏見を受けやすい才能だ。
しかし、キリイの堂々とした態度は、そのことを気にしているようには見えなかった。
「冒険者なのか?」
マスタが聞くとキリイは首を振って、
「いや、三年前に引退した
子供もまだ小さいからな」
冒険者という仕事は、危険なので結婚や出産を機に引退する者は結構いる。
「お前たちはどういう繋がりなんだ?」
キリイがそう尋ねたのは、マスタとセキたちの年齢が離れているからだろうか。それともマスタが堅気に見えないからだろうか。
「魔道士仲間。っていうか、最近はマスタとユサと一緒に冒険に出てるのよ」
セキが答える。
その言葉に、キリイの表情が揺らいだような気がした。
キリイは一瞬間を置いてから、
「···そうか」
短いその言葉に、かすかな羨望が含まれているように感じたのはマスタの気のせいだろうか。