整形時代
とあるホテルのラウンジ。コーヒーを啜りながらチラリと腕時計を眺める男。ソワソワと、どこか落ち着かない様子。自分の顔を撫で、歯に物が挟まったように口を動かす。
そして、ソーサーの上にカップを戻したその時であった。
「あ、こんにちはぁー」
「あ、おお、こんにちはっ」
男は椅子から立ち上がり、声をかけてきた女に微笑む。まるで時が止まったかのように黙り、見つめ合う二人。
「あ、ああ……」と咳払いをしつつ「どうぞ」と男が促し、二人とも席に座った。
「ええと、じゃあさっそく自己紹介を。僕のほうからがいいですよね」
「あ、その前にお飲み物を……」
「ああっと、そうだった。すみませんすみません。ははは、ええと何にしますか?」
「お紅茶をお願いします。アールグレイを、あ、やっぱりこちらのセットをお願いします。スイーツはトロピカルマカロンで」
「あ、はい。えっと、おーい注文!」
注文したものが来るまで、またお互いの顔をジッと見つめ合う二人。目が合うとニコッと笑顔を作る。
「お、じゃあ、飲み物が揃ったということで……この出会いにかんぱーい! ってのは違いますね。はは、ははははっ!」
「うふふふふ、おもしろーい」
「ははははははっ! えっとじゃあ自己紹介ということで、まあ、名前はもう知ってますよねって当たり前か。ははははっ。ええとどうぞ僕のことはアツシと呼んでください」
「はい。じゃあ私のことはエリザと」
「あ、はい。ええとそれでさっそくなんですけど、あ、これ僕のプロフィールなんですけど、あ、いいか。結婚相談所からデータは送られてますよね。えっとじゃあ、ゴホン、ではこれを……」
「はい。じゃあ、私のほうもこれをどうぞ……」
「はい、では、見させていただきます……うわっー! 可愛いー! 小学生で、これは運動会ですねぇ!」
「うふふ、ありがとうございます。アツシさんのお写真のほうこそ可愛い上にどこかキリっとされてますね。これはジャングルジム?」
「ええ、活発な子だったもんで。てっぺんにね、登るのが好きで、はははは、照れちゃいますねぇ。
いやー、しかしエリザさんのこの写真、他の女の子も映ってますけど断然一番じゃないですかぁ!」
「うふふ、そんなこと言ったら他の子がかわいそうじゃないですかぁ」
「あはは、いやー、ホント可愛いですねぇ! こんな子、滅多にいないなぁ」
「うふふふ。そんなにまじまじと見つめないでくださいよぉ。あ、因みに他のお写真は持ってきてくださいましたか?」
「ええ、ありますよ。赤ちゃんの頃のと幼稚園の時のが。定番ですね」
「はーい。ええ、私も同じです。はい、じゃあどうぞ」
「ありがとうございます。うわーっこっちも可愛いですね!」
「うふふ、アツシさんも……ブフッ」
「ん? ん? ははっ、どうかされましたか?」
「いや、別にふふふっ、あはははっ! やっぱ無理。おかしーいっ! あはははっ」
「え? え? な、なにがですかぁ。嫌だな、はははは」
「ふふふふっ、いやこれ、加工雑過ぎない? あははははははは!」
「え、な、は、そ、そっちだって加工してんだろ!」
「ははは……はぁ? してませんけど。あなたのこの幼稚園の頃の写真、目の二重が不自然というか睫毛が多すぎなのよ。ほら、私のと見比べなさいよ。どう? ほら、わかる?」
「そ、その写真の話じゃない! プロフィール写真と実際の顔が、かけ離れてるって言ってんだ! 皺がさぁ!」
「は、はぁぁぁぁぁ!? そんなのそっちも加工してんでしょうが!」
「だ、大体お見合い写真だって言ってんのに他の子が写った写真を持ってきて自分の顔を良く見せようとしすぎなんだよ! これ、逆加工だろ! 他の子をブスにしてんだ!」
「な、ぐっ、うるさいわよ一重瞼のくせに! この整形野郎!」
「お前は鼻を整形してんだろうがぁ! 不自然なんだよぉ!」
「言いがかりでーす。そもそも『かんぱーい!』って何! くだらないし、ああ寒い寒い! あと店員に対して態度がデカすぎ最低ね!」
「はっ! その店員の顔を採点してたくせによく言うよ。癖になってるんだろ? 『私のほうが可愛い』って顔に出てたぞ。
そう、値踏みしてたんだ。自分より可愛いか否か、どれだけ整形費用がかかったか二つの意味でなぁ! あと、店員の方がお前より美人だったからなぁ!」
「はぁー二つの意味でとか上手いこと言った顔してまた寒い寒い。つまんなーい。あと私のほうが美人だし」
「はん! 大体なぁエリザって名前もこれ偽名だろうが」
「な、な、な、う、うるさい! 死ね! ブス! バカ! 整形! 遺伝子弱者! 劣等種! あんたなんかと子供作れるか! 一人で死ね!」
「こ、こっちから願い下げだよ! ブス! ブースッ! ブゥゥゥース!」
争う二人。植毛した男の髪が毟られ、豊胸した女の胸が揉まれ、歪に変形する。
そう、世は整形時代。今より少し昔。修学旅行の写真でさえ、画像加工を施すのが当たり前となった世代から産まれた子は、整形手術に対する抵抗感が希薄。むしろするのが当たり前。
男女ともに美形が優遇されるのは昔ながらの事。バイト、就職面接。能力に差がないのなら、いや、あっても多少なら見た目がいいほうと悪いほうどちらを採るだろうか。美形とそうでない者。あいた二つのレジ。並ぶならどちらだろうか。
無論、全員が美形を選ぶとまでは言わない。しかし『どうせなら……』と自分の心のその声に正直になることは罪ではない。
金を払って映画館の大スクリーンで見るなら美形のほうが良い。ドラマ、雑誌、モデル、ゲーム。一時期は美形の逆、反ルッキズム主義が横行し世に混沌を招いたが、波の揺り戻しは激しく、いっそのことと、完全な外見至上主義社会が確立された。
そのために整形手術は必須となった一方で、結婚相手にはナチュラルな美形を強く求めるようになった。
自分に似た醜い顔の子が産まれることを恐れ、せめて相手は美形で、そしてどうか神様、相手似の子供になりますようにと祈りつつ、結婚相手が整形かどうか見極めることに力を注ぐようになった。
が、それは産まれて来る子供の幸せのためと言うよりかは、自分の真実の姿を映す鏡となることを恐れていたからかもしれない。
と、そうして生まれた次世代の子らは、このように高い洞察力に鋭い嗅覚を有するようになった。そしてそれはこの先もずっと。より強く。それもまた進化の形なのかもしれない。