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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Happy Helloween!

※タイトルに誤字はありません!

この世界のカボチャには、宝物が宿る。

毎年10月末になると収穫時期を迎える不思議な食べ物で

“自然界の宝箱” などと呼ばれて高価で取引されている。


もう10年も前だ。

3歳だった僕たちは、誕生日 10月31日に

父が買ってきてくれたカボチャを食べた。

カボチャはとても甘くて、幼い頃の記憶ながら

今でもあの幸せな味を記憶と共に思い出せる。


母との最後の記憶だった。

父が飲酒運転で事故をし、その助手席に乗っていた母は

ぐちゃぐちゃに押しつぶされて即死だったらしい。


父も酷い怪我を負ったが、命に別状は無く

飲酒運転が軽い時代背景もあって

半年後には戻ってきた。


それ以降、父は変わってしまった。

わざと僕たちに見せつけるように母を殺した酒を飲み

酔い潰れては飯が不味いだの言って殴ってくる。


身体が弱かった弟に手を出さなかっただけ良かったのだが、

僕に当たり散らす父を見続けた影響なのか

2年前に魔核病を患って入院している。


それ以後の父は酷いもので、更に金遣いが荒くなった。

弟は何とか一命を取り留めている状態だけど

薬だか抗生物質だか……子供の僕にはよく分からないけど

とにかく治す為の治療薬が高過ぎて手が届かない。

だと言うのに、父はその稼ぎのほとんどを酒に変えているらしく

毎日僕の前で酒を大量に飲んで見せた。


「ウィリアム、酒だ! 酒持って来い!!」


髭をだらしなく蓄えた小太りのクズは

僕の事を手下か奴隷くらいとしか思っておらず

工事の仕事を終えて夜遅くに帰宅するなり

こうやって僕をこき使ってくる。


そこに、幸せな思い出に出てくる優しい男の面影は無く

酔い潰れて制御が出来ないろくでなしが

ただ僕を憂さ晴らしでもするように殴っているばかり。



学校には行っていない……そんなお金無いからだ。

そもそも僕たちが暮らしている

この幽霊でも出そうな古い建物は貧民街に建っている。


貧民街はこう言った古びた団地こそ山のようにあれど

学校なんて高尚なものは無い。

下水に腐った卵を混ぜたような匂いがして、

そこら中埃やら灰やらが舞っている。

病院は貧民街を抜けてすぐの場所にしか無く

それも5キロは歩く事になる。


弟のハンスはそこに入院していて

僕は毎日通っている。


入院費用は父の旧友が返済期限無期限無利子で貸してくれている。

元々あの人は良識ある優しい父だった。

あんな事が起きるまではそこそこ慕われていたし

良い友人にも恵まれていたと聞く。


僕は父の旧友にして、その病院に勤める

ハンスの主治医である ヘンリー医師に毎日感謝を述べ

自分に出来ることがあるのでは無いかと考え続けていた。



「ウィリアムくん、落ち着いて聞いて欲しい。

ハンスくんの容態が悪くなって来ている。

このまま薬を使えなければ……ハンスくんは

あと3ヶ月とたたずに死んでしまう」


魔核病に効果的な薬は非常に高価だった。

それこそ、ヘンリー医師ですら

簡単に手が出せない程の大金を積まなければならなかったんだ。


10月17日、僕の弟は余命宣告を受けた。

そんな中にあって尚、父は顔色ひとつ変えず

僕を殴ってみせた。



はじめから聞かされてはいた。

ハンスはもって2年くらいだと……だから、

今年の誕生日が最期になるのだと。


だから……父にバレないようにしながら密かにバイトをしていた。

新聞配達のバイトだ。

お陰で貧民街の中でも少し顔が広くなった。


お金は、あの時のカボチャの中に隠してある。

カボチャと、カボチャの中に宿る宝物は

神からの贈り物と言われており

可食部位は丁寧に家族で分け、外側と宝物は

大事に保管する。


これはキュルビス教の教えだ。

ここら一帯であれば、どんな悪人ですら

この教えだけは守ると言われている。

つまり、あのクズでも保管しているカボチャは無闇に触れない。

絶対に安全な貯金箱だ。


「カボチャは神より賜りし神聖なるものである!

我々はカボチャに感謝をし、毎日を生きていくのだ!!」


カボチャは10月末にしか食べられない上に高い。

……だと言うのに、キュルビス教の宣教師と来たら

この貧民街において1人だけ肥えた身体で偉そうに

教えを説いて回っている。


(何が神だよ……もし、そんなのが本当にいるってんなら

どうして僕を……僕たちを助けてくれないんだよ)


神からの贈り物はお金を払わないと受け取る事が出来ないのだ。

……何とも世知辛い。



生涯で一度しか食べた事が無いカボチャから出てきた宝物は

“何でも切れる裁ち鋏” だった。

非常に凝った造形をしたハサミで

当時は目を輝かせたものだ。


今となってはこれだけが、幸せだった頃の象徴になってしまった。

僕は毎日このハサミに触れてはあの時を思い出す。

そうでもしないとおかしくなりそうだった。



そうして僕は、父に悟らせず慎重に

2年もの歳月をかけてお金を貯めた。


全ては……今日 10月31日 を良い思い出にする為だ。


父が仕事に出かけたのを確認し、

僕はカボチャの中に貯めたお金を数えていく。

全部で30000ランプある。

ランプ 僕たちが住む国の通貨だ。

100ランプあれば貧民街で1日暮らせる……大金だ。


僕はこのお金であるものを買いに貧民街を出た。


「いらっしゃい! おや珍しい客じゃねぇか!」


新聞配達のバイトで貧民街を出た時に

新聞を買ってくれている ペポさんだ。


「ひとつ、売ってくれませんか?」


ペポさんは眉をピクリと動かした。


「そっか……もう2年経つんだな。

よくここまで頑張ったな……ウィリアム」


僕が買おうとしているもの……それは、カボチャだ。

ずっと前に決めていた事があった。


『ハンスにとって最後になる誕生日は

一緒にカボチャを食べて祝う』


この計画を考えてくれたのはヘンリー医師だった。

ハンスに必要なお薬の値段はこれの千倍以上する。

どう転んでも今の僕ではどうにも出来ないものだった。


だからせめてもの抵抗として、良い思い出を残してあげたかった……


僕は30000ランプをペポさんへ手渡すと、

カボチャをひとつ受け取った。

買った証として、ペポ店の印を貼ってもらうと

少し重いのを誤魔化しながらボロい自転車のカゴに入れた。


「おいちょっと待ちな!」


ペポはカボチャをひとつ選ぶと、僕に渡して来た。


「コイツは俺からの誕生日祝いだ

持ってきな」


「おいおい待てって!

こんな高価なもんタダで受け取れないよ!!」


「何言ってんだよ

いつもお世話になってるんだぜ?

それに、俺はこれから嫌と言うほど儲かるんだ

ひとつくらい融通出来ないで何が

神からの贈り物だって話よ」


「ほ、本当に貰っても良いの?」


「当たり前だ

男に二言は無いよ……遠慮なく持っていけ」


僕は大きく首を縦に振ると

自転車の荷台にカボチャを乗せた。

そのまま紐で縛っていく。

よく見るとちゃんとペポ店の印が貼られていて

本当にちゃっかりしている……



「新聞配達はもうやめちまうのか?」


「いや、続けるつもりでいるよ

お金が無いのは困るから……」


「そうか……強く生きろよ」


「大袈裟だな……また来るよ」


まるで今生の別れでも告げるように

ペポは悲しそうな顔でそう言った。


僕を見送るように立っていたペポは

僕に聞こえない程度の声で呟く。


「悪いなウィリアム……カボチャってのは、

神からの贈り物なんて大層なもんじゃないんだ。

あれは……」


少し暗い表情をしながら、ペポは持ち場へと戻っていった。



貧民街を越えて、ブランズストリートを抜けた先にある

サンシャインシティ。

その端っこに、ハンスが入院する病院がある。

僕は病院の裏門へ回るとヘンリー医師と落ち合った。


「無事、カボチャは買えたみたいだね。

おめでとうウィリアムくん……君は凄い子だ」


ヘンリー医師は僕の頭に手を置くと優しく撫でた。

ヘンリー医師の事はずっと前から知っている。

父とは学生時代からの親友であり

自分より他人を優先してしまうような人だ。


「へへっありがとう」


僕にとってはヘンリー医師が父みたいなものだ。

今のあれと比べれば当たり前な話だろう……


ヘンリー医師は僕がカボチャを2つ持っている事については

特に触れなかったが、2つのカボチャを受け取ると

今回協力してくれる看護婦たちに渡して運ばせた。


カボチャを盗む行為は極刑に処される。

その上ペポ店の印が貼られていたから

きっとそんな考えは無かったんだろう。

当然やましい事は無いのでそれは当たり前な事ではある。


カボチャを売る店や屋台の傍には必ず

カボチャ警察と呼ばれる特殊な警察官が駐在している。


こんな事を言ってはあれだけど

この世界は犯罪に対する刑のバランスがおかしい。

それなのに深く考えないと違和感を意識する事も出来ない。

例えば……あれ? 何だっけ?

……まぁ良いや。

今はそんな事より誕生日パーティーの準備だ。



カボチャを食べる日の事を、ヘロウィンと呼んでいる。

とてもおめでたい日と言う意味の込められたその日は

12月末に控える聖夜祭と同じくらい大事にされており

秋を彩る一大イベントでもある。

しかし、カボチャは高級品なので誰もが食べられる訳じゃ無い。


そこで、カボチャを食べられ無い人たちは

ナンカと言うカボチャによく似ていて

非常に安価な食べ物を代用する。


しかし、生活環境も劣悪が過ぎればナンカすら食べる事は叶わず

こうして10年越しにヘロウィンを祝う者もいるのだ。



「ハンス、大分辛そうだけど大丈夫か?」


「あぁ……大丈夫だよ兄さん……ケホッ」


ハンスの容態は予想以上に悪いものだった。

栄養は摂っている筈なのにやつれていて息が荒い。

かなり短い感覚で咳をしており、たまに血の混じった咳もしている。


本当にこんな調子であと3ヶ月も保つのだろうか……?

今にも死にそうに見えてしまうのは、

兄弟故の過剰反応なんだろうか……?


ハンスはやや無理をしながらも半身を起こした。

大きな咳を伴ってはいたが、

看護婦2人に支えられて辛うじてと言う状態だ。


「ハンス……」


「大丈夫だよ兄さん……ケホッ、

そんな事より、今日は何か派手だね……」


病室に飾り付けがされていた。

きっと看護婦さんたちがハンスに気付かれないように

寝ている間にやってくれたんだろう……


「当然だろ……今日は僕たちの誕生日だ」


「……そう、だね」


ハンスは笑顔を作ってみせた。

相変わらず自分の事より僕なんかを気にかけている優しい弟だ。


「パパとは……ケホッ! ケホッ……な、仲良く出来てる?」


「いつも言ってるだろ?

ハンス、お前が心配するような事は何も無いんだ」


「ふふっ……ケホッ 兄さんって嘘が下手だよね」


「……」


僕は昨日蹴られた場所を無意識に触っていた。

なるべく繕っているつもりだったけどダメだったらしい。


そこに、カボチャが2つ登場する。

ハンスはサプライズに驚き、目を大きく見開いた。


「あれ、カボチャ……?!」


「あぁそうだ。

今日の為に皆んなで考えて用意したんだ」


「そっか……へへっ

嬉しいな……嬉しいな……」


ハンスは時を噛み締めるように何度も繰り返し唱えた。


カボチャを食べるにあたって、決まった手順と言うものがある。

まず、カボチャは食べる人全員に見える形で

へたの少し下辺りから横に切り込みを入れていく。

内側にはカボチャの種と宝物が入っているので

それを取り出して専用のくり抜き機で

可食部位だけを取り出していくと言うものだ。


「始めます」


看護婦の1人がパンプキンナイフと言う専用の包丁で

切り込みを入れていく。

まず一つ目……中から出てきたのは

白と赤の模様が描かれた果物だった。


「これ、ラシンの実じゃないですか?」


「ラシンの実?」


看護婦の1人に心当たりがあるらしく

説明してくれた。


「ラシンの実 仲良しの実とも呼ばれています。

北方にある山脈のどこかに存在する群生地にしか無い

幻の果物です。

同じ実を分かち合って食べた者同士は

永遠に良好な関係を築けるとか何とか言われてまして……」


「そうなるとこれはウィリアムくんとハンスくんの

2人に食べてもらうのが1番良さそうだね……

良い食べ方とか分かる?」


「流石にそこまでは分かりません……すいませんヘンリーさん」


「いやいや構わないよ。

そうだね……ハンスくんの体調を考えて

ジュースにしてみるか」


ラシンの実はミキサーにかけて牛乳などを混ぜ

ジュースにした。

初めて飲んだ味ではあったけど、とても美味しかった。



「もう一つも切りますね」


ジュースを飲み終えた頃に、

もうひとつのカボチャに切り込みが入った。

包丁は硬いカボチャの皮を難なく抜けていった。


「……何だこれ?」


2つ目のカボチャには目を疑うようなものが入っていた。

黒い球体だ……それも少し透けている。


「あれ? これ、触れませんよ?」


看護婦がいくら掴もうとしても手がすり抜けてしまう。

不思議に思った僕は “何故か手を伸ばして触ろうとした”


僕の手がそれらしいものに触れた瞬間、何と黒い球体は

消えてしまった。


「え?えぇ?!」


「ウィリアムくん? 今、何したんだ?」


「何もしてないよ? いきなり消えちゃった……」


「…………」


誰も訳すら分からないままに球体は姿を消した。

しかし、その後は皆そんな事も忘れて

カボチャを自由に料理しては大はしゃぎした。

ハンスもとても楽しそうに笑っていて

もう一度幸せな日々に戻ったかのように錯覚した。



「今日は楽しかったなぁ……」


夕方、弟やヘンリー医師たちに別れを告げて帰宅した後も

あの余韻を噛み締めていた。


日も暮れはじめており

窓から差す光が赤々とし始めていた。


『ねぇ、本当にそれだけで良いの?』


玄関から上がったその時、家の奥から妙な声がした。

おかしい……誰もいない筈だ。

僕は恐る恐る家に入っていく。

声がしたのは……カボチャが置いてある部屋だ。


なるべく足音を立てないように扉の前まで来ると

大きく深呼吸をして

ゆっくりとドアノブを掴む。

脂汗のにじむ手をゆっくり動かしていき

扉を僅かに開けて覗き見る。


人影は無い。

更に扉を開けて慎重に突入する。

やはり誰もいない……僕は深く呼吸をして

心を落ち着けた。


『やぁ』


「っ?!」


誰もいなかった筈の方向から声がした。

慌てて振り向くと、そこには

カボチャを被った謎の存在がいた。

背丈は僕と同じくらい。

首から下は黒いモヤがかかっていてよく見えない。


「だ、誰なの?!」


突然現れた不審人物に対し、僕は最大限の警戒を見せた。


『誰って……嫌だなぁ、俺はカミサマだよ。

君が願ったんじゃないか。

神からの助けを』


「……え?」


カミサマを名乗った謎の存在は訳の分からない事を言うと

姿を消してしまった。

そして、それと同時に重たい眠気が僕を襲った。


「うっ……なに……こ……」


眠気が僕を包み、深く……深く沈んでいく。


『大丈夫、目が覚めたら君の願いは叶っているさ

おやすみウィリアム』



-午後8時 ハンスの病室 -


ヘロウィンを照らす白銀の月は、

空からの照明を思わせる程に明るく

余程灯りが必要な状況でも無ければ

消灯したままでも全てを見渡すことができる。


月明かりに照らされた病室には

ハンスとヘンリー医師がいるばかりであり

その他の人物は昼の活気の反動とでも言わんばかりに

姿が見えない。


「ハンスくん、本当にこれで良かったのかい?」


ヘンリー医師から投げかけられた質問に対して

ハンスはやや言葉を詰まらせた。


「……良くは無かったと思っています。

単にこれは……ケホッ! ……僕の我儘ですよ」


ハンスは先程と比べても明らかに衰弱していた。

その様子を見ているヘンリー医師の目は

悲壮感と後悔に溢れていた。


「怖くは無いのかい?」


ヘンリー医師から再度投げかけられた質問に対して

ハンスは幾度かの咳を経て重い口を開けた。


「……怖いですよ」


「そうか……そうだよね」


「……ケホッケホッ!! ……でも、これは仕方ない事なん……です。

せめ……て、こんな……ゲホッ!! ……姿だけは

……兄さんに、見せ、たくな、かった」


もう言葉も出せないのか、

ハンスは詰まらせながら叫ぶように声を出した。


「ハンスくん……」


ヘンリー医師は時間を確認すると

震えるように息を吐いて病室を出た。


ハンスは寝たまま外を見上げた。

月が明るく照らす暗闇の空を……


「お月様……綺麗だな……」


ハンスは嘘をついていた。

その嘘に、周りの人を巻き込んだ。

ウィリアムの勘は概ね正しかったのだ。


ハンスはもうすぐ死ぬ。

何日などと言わない……もう数時間の命だ。

ハンスは兄が悲しむ顔が見たく無かった。

……たったそれだけの独りよがりな嘘。


しかし、ハンスには悔いも反省も無い。

彼の中にある1番新しい兄の顔が笑顔だからだ。


ハンスはゆっくりと目を瞑る。

今日はどんな夢を見るのだろうか……きっと、

幸せな夢に違いないだろう。


月に照らされる彼の肌から血色が抜ける頃

ヘンリー医師は病室の外で崩れ落ちるように泣いた。



-午後10時 貧民街 工事現場 -



眩いばかりの月が夜空を照らす中、

汗と泥に塗れた男たちは帰路につかんとする。


「ホーぜ、今日くらいどうだ? 酒でも」


ルーカスと言う男は酒好きで有名なやつだ。

毎晩貧民街の酒場をハシゴしては

そのまま夜を明かして工事現場に戻ってくるその異様な生活状態から

周囲の人は彼の事を “不眠暴酒のルーカス” などと呼ぶ。


「……いや、悪ぃなルーカス。

前から言ってるが、俺はもう酒は飲まねぇって

決めてんだよ」


「んだよ、付き合い悪いな?

一回くらい良くねえか? なぁ?」


「おい、良い加減よせルーカス」


ルーカスの強引な誘いを断つように、背の高い男が

ホーゼの前に立った。


「トール……でもよお」


「あのなぁ……あんまり言いふらしても

気持ち良くねえから言いたく無かったんだが、

ホーゼはここに来る前までこの国の中央区にいたんだ。

それが飲酒運転で事故って奥さん亡くして……仕事もパァだ。

酒で全部無くした奴の気持ち考えてみろ」


「……そ、そんな事が……悪かったよホーゼ」


「気にすんな……誘ってくれてありがとよ

気持ちだけは嬉しかったぜ」


ホーゼは自分の荷物だけ持って家の方へ歩いていく。

その様子を後ろから見ていたトールは

ホーゼを大声で呼び止める。


そのままホーゼの傍まで駆け寄ると

息を整えて質問した。


「おいホーゼ、今日確かお前の息子共の誕生日だよな?

祝ってやるつもりはないのか?」


「……お前は知ってるだろ?

俺にその資格は無いんだよ」


「不器用なりにお前がわざと憎まれ役を演じて、あの子を

ウィリアムを強く成長させようとしているのは知ってるさ……

だから言わせてもらうが、あの子はもう十分に強いと思うぞ」


トールは新聞をホーゼの前に出す。

ホーゼはまるで意味が分かっていない様子だったので

トールはその新聞が意味するところを伝えた。


「これは、ウィリアムから買った新聞だ。

あの子は働いてるよ」


「っ?! 何?! 本当か?!」


「やっぱり気付いて無かったんだな……厳しくし過ぎだバカ」


「……アイツは、粗相無く働いてるか?」


トールはただ首を縦に振る。


「……そうか」


ホーゼは少し嬉しそうに微笑む。

その様子を見たトールはホーゼの肩を掴んだ。


「なぁホーゼ……お前は厳しい。

今のお前は他人にも……自分にも厳し過ぎるんだ。

俺はお前の事全部知ってるさ。

ウィリアムの前で酒瓶に入れた水飲んで酔ったふりしながら

その裏で稼ぎの大半をハンスの治療費にあてようと

溜め込んでいる。

こんな日くらい、ご褒美があっても良いんじゃないのか?」


「ったく……お前は相変わらずお節介だな。

……しゃあねぇ、今日くらいはアイツに優しくしてやるか」


ホーゼは不器用に笑って見せると

トールは少し安心したかのように手を離した。



「……何だ? 灯りもつけねぇで……って、十分明るいから良いのか」


ホーゼは自分の家へ帰宅すると

灯りもつけないまま自分の部屋へ向かった。

あまりにも物静かなので

ウィリアムは寝てしまっているのだろうと考えたホーゼは

溜め込んだお金から少しだけ捻出して

ウィリアムの枕元にでも置いてやろうと考えたのだ。


自分の部屋に入り、金庫の前に立った時

突然自分の左側に何者かが立っていることに気付く。


「うおっ?!」


子供だ。 顔はカボチャを被っていて見えない。

ウィリアムだろうと考えたホーゼは、

いつもの癖で叱ろうとしてしまう。


「おいウィリアム、勝手に人の部屋に入るなと何度言えば

……おい、お前……誰だ?」


ホーゼは、違和感に気付いた。

背丈、服……確かにウィリアムと同じだ。

だが、何かが根本的に違う……違っている。


得体の知れない感覚に陥ったホーゼは後退りする。

そんなホーゼに対して謎の子供は

妻の形見となったハサミを持ってゆっくりと近づいてきた。


「来るな……来るな!! あっちへ行け!!」


ホーゼの忠告も虚しく、謎の子供は

一切の躊躇いも持たずに歩いてくる。

そして、部屋の角までホーゼを誘導した子供は

ホーゼの体勢を安易と崩した。

足をかけられて崩れるように倒れたホーゼは

少し頭を打ってしまう。


動けなくなったホーゼに対して

謎の子供はハサミを大きく振り上げた。



夜中の静寂が貧民街を包む頃に

ウィリアムは目覚めた。

目をごしごしと擦って周囲を見渡す。

月の光だけなのにとても明るく感じられる。

自分が寝てしまった場所から

移動しているのが何故なのか分からないまま

自分の目の前にあるはずがないものが置いてある事に気付く。


「……カボチャ?」


それは、ハンスの病室で食べたカボチャだった。

それも……2つある。

どうしてこんな所にあるのか分からないまま

ウィリアムはある言葉を思い出していた。


『大丈夫、目が覚めたら君の願いは叶っているさ

おやすみウィリアム』


掛けられた覚えが全くないセリフだったが、

妙な予感だけはその身に感じていた。

僕は恐る恐る片方のカボチャを開けた。

そして目を疑った。


何と中には、大量のお金が入っていた。

見たこともない程の大金を前にある事を考えていた。


「ハンスの薬代……助かる……ハンスが助かるかもしれない!」


大変なニュースなので一刻も早くヘンリー医師へ伝えたい。

そんな気持ちも抑えながら、僕は2つ目のカボチャを開けた。


……そこには、更に目を疑うようなものが入っていた。

良く見知った人間の顔だった。

顔に首から下は無く、カボチャの底には血溜まりが出来ている。


僕は首だけとなったそれを持ち上げる。

月夜に照らされたそれは……間違い無く父だった。


「ありがとう……ありがとう……ありがとう……ありがとう……」


感謝の気持ちが溢れてくる。

それと同時に溢れ出す今までの苦労が、涙となって溢れ出してきた。


その時、急に頭が痛くなった。

さっきまでとは違った感覚だが、意識がもの凄く遠くなり

僕は痛みに叫びながら倒れた。



「いてて……あ、あれ?」


……妙な事が起きている。

身体が軽い。 動く。

……それにしても変だ。


「何で僕、 “兄さんの格好” でこんな所にいるんだ?」


その異変は、まさにハンスが死んですぐの頃発生していた。

ラシンの実と言う果物には、奇妙な都市伝説が存在している。

ラシンの実を食べたものは、

共に食べたものとずっと仲良しでいられる。


しかし、もしも片方が死んでしまうと

もう片方と魂が入れ替わり


死者が蘇るんだ。


しかし、運が良かったのか悪かったのか

あの場にその都市伝説を正確に知る者はおらず

ウィリアムという1人の少年の魂は犠牲となって

何もかも台無しになった後のその身体に

ハンスの魂が回帰した。



訳もわからず混乱するハンスを他所に

父の部屋には “願いの真実” の痕跡が残っていた。

首の無い死体と真っ二つに切られた金庫が転がっており

母の形見となってしまった宝物のハサミとカボチャには

血がベッタリと付いていた。


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