6-1.帰宅、漆紀の家族の反応
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辰上の家は便利屋の事務所から少し離れた場所にある。
「ただいまー」
「うっわ、お兄ちゃんなにそのザマ……」
服の所々に蹴られ踏まれた時についた足跡が残っており、激しい暴行にあったと丸わかりだ。その姿があまりに可哀想に思えたのか、出迎えた真紀は若干引いていた。
「ゾクに絡まれた。けどリーダーみてぇーな奴だけ完封して逃げてきた」
「うっわぁ……イキってんじゃん。最悪だなぁ、この歳でイキリクソガキに目覚めちゃうんだ」
「俺がクソガキなら、お前はイビりメスガキだな。可愛いね、死ねよ」
「ひっど、心配して損した。とっとと手当てしてメシ食って風呂入って歯磨きしてマス掻いて寝ろ!」
そう言って真紀は漆紀の胸に強めに右拳をぶつけて自室へと戻ってしまう。
(手当てしてって言ってくれるあたり、やっぱり良い妹だよな……マス掻いて寝ろは余計だし普通に引っ叩きたくなるけど)
そんな独り言を心中で繰り返していると、リビングの椅子に父・宗一が座っていた。テーブルに置いたノートパソコンで調べ物をしている様子だった。
「全く災難だったな。暴走族に絡まれたらしいが、因縁はつけてないだろうな?」
この現代日本では治安が悪く、こういった暴走族や半グレ、チーマーに絡まれてしまい、警察を呼ぼうにも呼べない状況に陥ってしまう事もある。その場合は自力であらゆる手を使い脱出する他ないので、今回はリーダーを一気に完封して抜けると言う手段を取ったのである。
「二度と関わるなって言ったよ。なんか今日運んだ荷物の件で難癖言われて逃げられなくってさ」
流石に配達物が爆弾であった事などは言えなかった。だが宗一はため息を吐いて「厄介な事になった」と呟いて、手元のパソコンの画面を見せた。
「お前が絡まれた暴走族は、この辺りを拠点としてる夜露死苦隊だろ? こいつら敵対してる他の暴走族とそのバックにいる暴力団と縄張り争いしてるらしいぞ」
「えぇ……今一番ピリついてるとこじゃん。俺終わったかも」
「まあ万が一家内に危険が迫れば、手段は問わないし〝実家〟にも頼る。結局は権力万歳って事だ」
皮肉めいて言う宗一だが、表情は曇っている。口ではそう言ったが実家に頼るなど最初から考えていない。
実家と言っても宗一の実家ではなく、宗一の妻・辰上陽夜見の実家である。
漆紀と真紀の母であり、今は故人である。陽夜見の実家は大企業であり、そんな家柄故か宗一は結婚するにも命懸けかつ苦労したという。
しかし結婚後も陽夜見の実家は宗一など貧しい生まれの馬の骨と思っており、良好な関係とは言えなかった。しかし最終的には陽夜見の両親とも和解し、その後陽夜見は急病で他界。
陽夜見の死については宗一には一切の落ち度はないのだが、身を裂く程の罪悪感故にどうしても実家に頼るなど出来る筈もないのだ。
「父さんが無理に実家に行く事無いって。俺が行けばジジババは文句言わないし一切曇らないよ」
だが決して宗一は息子の提案に乗るワケがない。それは妥協と逃げである。トラウマに向き合えないなど、良い歳した父親が取る事ではないと宗一は思っている。
「この件はひとまず保留だ。漆紀、手当が必要だろ」
「父さん、どこも血は出てないし、打撲だけだよ。顔は殴られてないし、鈍器じゃなくて拳だったし、御の字だよ。でっかい痣の所に湿布貼って終わりだって」
宗一は「そうか?」と軽く聞くと、漆紀が深く頷く。もうそれ以降は怪我の心配からの問いはなくなった。漆紀はリビング隅にある戸棚から自家製の救急箱を取り出し、シャツを脱いで上半身裸となり、洗面所に移って打撲の位置を確認する。
「腹と腕くらいだな。背中は大した事ないな……」