5-1.襲撃!殴られる漆紀
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すでに日が暮れた夜七時の事。
部活動の学生は遅めではあるが、この時間帯が帰宅時間であり、社会人は黒い職場でなければ今頃帰宅に入っている事だろう。
その雑踏を打ち消すように爆音を鳴らして、道路を我が物顔で走る若く猛き者たちがいた。この爆音と比べれば雑踏は幾分か心地が良く思えるほどである。
「オイ! そこのてめぇ、ちょっと止まれ!」
商店街から少しだけ外れた所にあるスーパーにて買い出しを終えて店から出た漆紀は「なんだあれ?」と小声で呟きつつ目をやると、スーパーの駐輪場にバイクを止めた暴走族の男が漆紀の方を向いていた。男の背丈は漆紀と同じくらいだろうか。
その男はオールバックの髪型が特徴的で、服は暴走族らしく派手な柄のシャツとズボンであった。
漆紀は一瞬で「何かの間違いだ、俺じゃない」と断定してそそくさと去ろうとするも。
「てめぇだ。てめぇに声かけてんだよ。耳逝ってんのかオイ」
暴走族の男は漆紀の肩に手をかけた。流石に無視できないと諦めた漆紀は振り返ってみると、暴走族の男は不機嫌そうな面構えであった。
「てめぇが昼の便利屋か?」
「え? あ、昼の依頼者さんの友人ですか。えっと、何かまた仕事ですか?」
あくまで仕事を直接頼みに来た体で話を終えようと画策する漆紀だったが、暴走族がそんな甘いはずも無く。
次の瞬間、漆紀の腹には暴走族の男の膝蹴りが入っていた。
「えぇ!?」
痛みより先に、何故殴られたという疑問と驚きに襲われた漆紀だが、すぐさま漆紀は全身に力を入れて立ち止まる。
下手にここで身をよじれば相手にナめられる挙句、付け上がられるからだ。
「シラ切ってんじゃねえぞこの野郎! てめぇがハッパ掛けたんだろうが! おいてめぇら、こいつ裏に連れてくぞ。押さえろ」
その男はリーダーだったのか、その男の舎弟と思われる下っ端の暴走族達が漆紀を囲んで、二人がかり漆紀の肩を掴んで離さず、そのまま囲いを解くことなく強制的に移動させられた。
そうして歩いていくと、スーパーから離れて商店街の近くにある人気のない通りに出た。
「副長、コイツどうします?」
「本当に今日の事件を知らねえのか確かめる。知らなくてもケジメはつける。そのつもりだ」
舎弟とのやり取りを終え、副長と呼ばれた男が漆紀の前に立つなり。
「おい、もう放していいぞ。お前らはちゃんと見張ってろ」
そう言われ漆紀から手を放す舎弟だが、リーダーの男は決して漆紀を逃すようなつもりはない。
「てめぇ、今日の荷物が爆弾だって知ってたのか?」
漆紀の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「爆弾!? し、知らないって。俺は中身は割れ物としか聞いてない。どうせクスリかなんかだと思って、とりあえず依頼通りに運んだだけだ!」
「てめぇは大声出すんじゃねぇこの野郎ッ!!」
そう言って強めに漆紀の頬を引っ叩いた。
「おい、てめぇに荷物渡したのは誰だ?」
「小汚い男だった。フードを被ってて見るからに怪しい……クスリをキメてそうな感じの。名義は新田だったけど、本名名乗るはずがないし……」
「そうか……」
ある程度必要な事を聞いたと判断した副長は、漆紀から手を放して一歩下がった。ようやく誤解が解けたと安心した漆紀だったが。
安心を砕くかのように容赦のない蹴りが漆紀を襲った。
一歩下がったのは、蹴り飛ばすためであった。大ぶりで胸辺りを押し蹴られ、漆紀の呼吸が乱れる。
「うぐッ! な、なんで?」
「てめぇの話はわかった。てめぇみてーな部外者に運ばせれば問題ないって〝ヤツら〟は思ったんだろうな……それはわかった。だがよ、それとこれは別だ。てめぇのせいでウチの仲間が3人死んでんだよコラッ!」
そう言って漆紀の腹部、脚、腕と蹴ったり踏んだりを繰り返す。比喩でも何でもなく、これは理不尽な暴力であり憂さ晴らしだった。
「てめぇの所為で俺の格が落ちたんだよ! どう落とし前つけんだよ屑が! ぁあ? どうすんだって聞いてんだよゴラァッ!!」
「け、警察を……警察が黙ってな」
「警察ぅ? なに言ってんだ、頭逝ってんのか? オレらがポリに捕まるわけねぇだろ。どんだけ逃げてきたと思ってんだよブゥァアァ~か。ひゃひゃひゃ、馬鹿じゃねぇかコイツ!」
漆紀の考えは目の前の現実に呆気なく打ち壊された、否、現実などと曖昧で捉え難いものではなく、目の前の人でなしの拳によって打ち砕かれた。