46.萩原蛇之助、対面。そして決着
萩原組屋敷、戦闘開始から19分経過。
「ふんッ!」
二階に居た最後の一人を斬り倒すと、漆紀は村雨を骸に突き刺し血を吸わせる。膨大な水量で敵を壁に押しつけ圧死・溺死させたり、濃霧に紛れて奇襲する不意打ちの繰り返しなど、敵の反撃で何十発も銃弾を受けたが全て瞬時に治っているため戦いなどと呼べない代物だった。
「もうこれで全部か。あとが三階だな」
そして三階へと昇ると左右に小部屋があって、真ん中がやたら大きな扉があった。
(多分一番上で大きい扉が……組長の部屋だよな?)
左右の部屋に敵がいないか確認する。左は組長の趣味のものなのか、酒の他にも様々なものが置かれている。右の部屋はヤクザの屋敷にしては珍しいと思えるものがあり、アイドルグッズがあった。
(なんでヤクザにアイドルグッズ? 裏で繋がってる? いやでもグッズまであるって事は組長がファンか何かなのか? なんか拍子抜けする。いや、まあ趣味だしいいけど)
漆紀は色々と雑念を振り払って、遂に組長の部屋の扉に手をかけ、開けた。
その部屋には大きい机がある。恐らく組長の仕事机なのだろう。電話の他、いくつか書類が入ったファイルもたてかけてあった。
「急な霧と言い、下の連中が静かになったと思ったら……ガキ、ナニモンだ? その水の壁は、幻覚じゃあねえよな」
そこには五十代ほどの年齢と思われる男が座っていた。和服を着ており、白髪混じりのまさにヤクザと言った風貌の男であった。漆紀に敵意を向けていると言うよりは訝しんでいる様子だ。
「あんたが、萩原組組長・萩原蛇之助だな。なんで逃げなかった? 身内はどうした?」
「身内ぃ? んなもん俺にいるワケねえだろ、女子供は邪魔になるだけだ。こんだけウチの衆が死んじまったら、逃げても意味ねぇ。それに別に必死こいて生き延びる理由もねぇからなぁ。ガキ、おめぇ……まさか俺の首が目当てじゃねぇだろうな」
「場合によっては命を貰う。ちょっとあんたと話がしたい」
「下の連中は生きてんだろうな?」
「生きてるわけないだろ、全員殺したよ。こちとら覚悟キメて来てんだよ、しかも素面でだ」
蛇之助はため息を吐きながら机の下に手を伸ばし、一振りの刀を取り出す。焦る様子はなく、命を狙われる事に慣れている様子だった。
「何が望みだ? 俺とて黙って死ぬつもりはないのでな」
「俺はタツガミって者だが、あんたの耳に入って来てるか?」
「タツガミ……いつだか、若い衆が騒ぎ立ててた時に、シメてやるだの殺してやるだの騒いでいたな」
「そのタツガミだ。だが俺やその家族は単なる堅気だ。なのに、夜露死苦隊に絡まれて命を狙われて……いい加減にして欲しいんだ。あんたがこの辺の反社の中で一番偉い人間なんだろ? なんとかしてくれよ、年中おかまいなしに命狙われるとかやってらんねぇよ!」
「それにはお前にも理由があるだろ。お前の運んだ爆弾で、ウチ傘下にある夜露死苦隊の若い衆が死んでんだ。いくら堅気とは言え、見過ごせない問題だ」
「それは爆弾の持ち主を追求するべきだろ! どうして関係性が薄い中間業者の俺が狙われなきゃいけないんだよ!」
漆紀はあくまでの巻き込まれたのだと訴えかける。関係性はなく、悪意もなく、自分は元々とばっちりの被害者であったと。
暴力団および暴走族同士の抗争に利用された挙句に命を狙われたのだ。
「それに、俺は依頼主に荷物を渡されて配達を依頼されただけで、ソイツがどんな人物か知らないんだ。こんな事あっていいのかよ!」
「お前さん、誰も殺さず俺に直談判に来れば話を通したかもしれねぇ。確かに今の話はお前の言い分が筋は通っている。だが、もうお前は夜露死苦隊の喧嘩を買って叩きのめし、ウチの組員を何十人と殺したんだろ? それじゃあもうダメだな」
怒りを出さず、あくまで静かに蛇之助は
「なんだと!? あんたらヤクザや暴走族が俺を殺しに来るのは良くて、俺の反撃で逆ギレして聞く耳持たずって、おかしいだろ!」
「何言ってんだお前? 俺達はな、ヤクザなんだよ。わかってんのか……ヤクザに任侠映画みてぇな甲斐性を求めてんじゃねえぞガキが!」
蛇之助の言う事も尤もなのだ。漆紀はヤクザに対してありもしない慈悲を求めていたのだ。筋を通して、堅気に手を出さない甲斐性を。
非情かつ卑怯かつ徹底的に屑。これがヤクザなのだ。暴走族も然り、彼らはどこまでも貪欲で、堅気だろうと食い物にする。そういう生き物なのだ。
「そうかよ。じゃあ一応言っておくけどさぁ……夜露死苦隊総長が警察に撃ち殺されたのは知ってるよな」
「ああ。あいつはそれなりに目立つし有望そうだったんだがなぁ」
「ついでに言うと、萩原組若頭は俺が殺した」
「は? あっ……木場を!? ガキ、お前は」
「若頭はさっき俺が殺ってきた。なあ、いい加減に俺を狙うのやめてくれよ。夜も安眠出来ないんだよ。もうこれ以上血を見るのも良くないんだ。なぁ、組長。やめてくれよ」
「ダメだな。ヤクザは張らなきゃなんねぇ生き物なんだよ。ここまでやられて退けるわきゃぁないんだ。ガキ、生きて返さねぇぜ。落とし前の時間だ」
蛇之助は刀を鞘から引き抜いて、静かに構える。
「くたばりなッ!」
蛇之助は一歩踏み込んで、一気に漆紀の水の壁まで迫ってきた。
一瞬反応が遅れたが、一歩下がって蛇之助の一刀を避ける。
水の壁に遮られて剣速が鈍ってはいたが、一歩下がらなければ直撃していた。
「ふんッ!」
漆紀も負けずと村雨を振るうが、素早く蛇之助に受け止められるなり払われてしまう。ふとムラサメの声が頭に響く。
『漆紀! 夜露死苦隊の時みたいなんじゃダメ! もっと変則的な動きで戦わなきゃ勝てない!』
「クソがッ!」
漆紀は変則的と言われるなり思いついたのは拳銃を取り出す事だった。
「ハジキッ!?」
蛇之助は一瞬怯むが、構わずに刀を漆紀へと振るう。
「危ねぇッ!」
銃をすぐさま捨てて、両手で村雨を握って萩原の刀を受け止める。
「まともにチャンバラするのは久しぶりだ!」
とても心地良さそうに楽しむ蛇之助だが、漆紀は必死に攻防をする。
「抗争だらけの時を思い出す。良いチャンバラだ、楽しくなってきたぞ! 死地を生めッ!」
「うるせえ、早く死ねッ!」
蛇之助の攻撃を避けて、受けてで精一杯の漆紀だ。
『もっと早く、鋭く、やって!』
「やってるっての! クソ!」
水の壁があってようやくこの攻防である。蛇之助は明らかに今までの夜露死苦隊やヤクザとは格上の強さであった。
『水で攪乱する、水壁を壊すから!』
「わかったッ!」
漆紀は水の壁が自壊すると同時に、一気に踏み込む。
「殺ったぁッ!」
崩れた水は一気に刀を中心に靡き、渦の様に回転して荒ぶる。
やがて水は刀より先に蛇之助を襲い、その一瞬を狙って一刀を蛇之助の首筋へと走らせた。
「うげっ、けっ……けほ……クカッ」
一瞬のことだった。右斜めに蛇之助の首筋を深々と斬りつけて、大量の血が部屋中に飛び散る。
「へへッ。その出血じゃ死んだも同然だな。あんたが死ねば、俺はようやく自由になれる、安眠できる!」
漆紀は少年に似合わない下卑た笑みを浮かべて、蛇之助から離れる。
「ガキ……お前……本当に堅気かい? お前、ヤクザより……ヤクザらしい……クソやろうだ、ぞ…………」
首筋から溢れ出す鮮血を止められるわけもなく、蛇之助は前のめりに倒れ込んだ。
死んだふりかと警戒したが、しばらくしても動かなかった。
「なんだよこれ、あれだけ強くてやってらんなかったのに……呆気なさすぎる。たった一瞬の隙だぞ」
『それが仕合と云うもの。銃も然り、まともな仕合はどこまでも呆気なく刹那の刻である。強さの余韻など感じさせないほどに……切ないものでしょう?』
「そう……だな」
漆紀は刀身についた血を吸わせてから、水を纏わせて刀身についた脂を洗浄する。
「じゃあ、帰るか。もう大丈夫だろ……あとは、一旦水でこの血を出来るだけ洗い流して、また霧を起こして逃げるだけだ」
『ええ、お疲れ様』
萩原組組長・萩原蛇之助の殺害にまで至った漆紀だが、決して心中にかかった霧が晴れる事はなかった。
言い表せぬの呆気なさを感じつつ、安心感が湧いてきた。
「これで、もう、狙われないよな」




