4.辰上一家の家計
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「ただいまー。真紀?」
便利屋タツガミに戻ると、真紀は昼寝をしていた。その傍らでは静かに本を読んでいる五十歳前後の様相の男、漆紀と真紀の父・辰上宗一が居た。
「あれ? 父さん今日は早いな……駄目そうだった?」
宗一は本に集中していたからか、漆紀の呼びかけでようやく気付いて顔を上げた。
「ん? ああ。今日は朝早くから害獣を見つけて、それほど山を深く歩かずに仕留められたよ。この前設置した罠のカゴにも運よく狐と狸が両方入っててな。今日は大収穫だ」
この便利屋タツガミの社長でもある辰上宗一だが、便利屋を始める上で他の同業者とは一線を画すサービスが必要だと考えた。その結果彼は猟師の資格を手に入れたのだ。猟銃免許を取得し、猟友会にも入り、害獣駆除サービスを便利屋という体でやる事にしたのだ。
近年猟師が不足していく所為で害獣は増え続ける一方である。農家の中には自分の作物を守るべく自ら猟師になって害獣を仕留める者も少なくないが、日本国内の猟師数は高齢化で減っている。故に宗一は便利屋兼猟師になってから今に至るまで害獣駆除サービスは売れ続けていた。
「で、依頼者の人はなんて?」
「大収穫だから、報酬も弾んでくれたよ。あの人も猟師の資格はあるが、人手不足で害獣を防ぎ切れないって困った様子でねぇ。今回の害獣の肉は全部向こうにやる条件で、こんなにお金もらえたよ」
そう言って宗一は万札を扇の形に揃えて漆紀に見せる。
「おおぉ……これ7万円はあるんじゃぁ……ああぁ、良いメシ食える!」
「だな。でも今月分の稼ぎとしてはちょっと足らないぞ。もっと稼がなきゃな」
「あ、そういやさっき草むしりの仕事が来たんだけど……」
「草むしりか。それで?」
「いや、今の俺じゃ草刈り機使えないしサービスの落差だなって真紀が」
「だったら、安くてもいいから受けてみる事だ。元々ウチみたいな便利屋は比較的安価で仕事を請け負う。ハナからギリギリの収入で生きていく様な職なんだ。都合の付く日に草むしりに行ってみるんだ」
そう諭されて漆紀は「わかった」とだけ答えてカレンダーを見る。
(最近なんていうか、やる気が出ないんだよなぁ……いつからこんな無気力になったんだろ)
漆紀の身体は生気と精気ある若者でありながら、どうにも精神が無気力であった。本人は何かして気を紛らわせ平常を取り繕っているが年齢特有の多感でもあり、自身に価値を見いだせないのだ。他人に迷惑をかける暴走族と比べても「やる気のない自分よりも反社会的だけど自分のやりたい事に全力で熱中してる暴走族の方が人間的で価値ある人間だ」と思い、自分を卑下していた。
(やりたい事無いもんな。インターネットで色々調べてると、他に面白そうなバイトやら遊びはあるけど、ウチの事で手一杯だ)
すぐに解消しない個人的なモヤと愚問を腹に残したまま、漆紀は再び草刈りの依頼者に、自治体の人間に電話をかけた。