42.ヒットマン、再び
下田七海は友人である太田介助の提案で出かけていた。と言うのも、介助が立川市にてB級映画観賞会のイベントがあることをネットで知り、そのイベントに行かないかと七海を誘ったのだ。
七海は深く考えず「B級映画特有のノリとダメさを楽しもう」と、介助の気晴らし提案に乗った。結果だけ見れば、介助はしっかり七海の気質を理解していると言え、良き友人であろう。
しかし、問題はその帰り道である。
それは路上を歩いていた時の事である。
「なーんでこんな雨の日のイベントなんか誘うかなー?」
「そう言うなよ下田。イベントの日がたまたま雨だっただけだし。それに、下田めちゃくちゃ笑ってたじゃないか。楽しめただろ、B級映画」
「それはそうだけどー……へぇ、雰囲気イケメンを取り繕ってる癖に、アタシと相合傘を誘う気はないんだー、へー……」
二人は別々に傘を歩いており、傍から見ればそれでもカップルには見えているだろうか。
「彼氏彼女じゃないでしょオレら。それに、下田もそういう気じゃないだろ?」
「うーん……うん、太田と付き合うとかナイわー」
「直球だな!?」
「だってあんた、良い人演じて無理してんだもん。付き合ってたらやり切れないっての」
「そんなつもりないんだけどなぁ……」
介助は軽く額に手を当てて悩ましい素振りを見せる。話を変えようと思い、介助は改めて切り出す。
「あのさ、話変わるけど、辰上の件どう思う?」
「どうって?」
七海からすれば漆紀が抱える問題についてそこまで重苦しく考えていないのか他人事視点なのか軽く返す。七海らしい軽快さと奔放さであるが、介助はそうではない。
「あいつ……死なないだろうな。夜露死苦隊はもう心配ないとして、この前のチンピラヤクザどもを」
そう話していると、交差点が近くなってきた。交差点付近では赤信号で待機中の車が何台か並んでいた。何の変哲もない街の光景、介助も七海もそう思ってそのまま一歩一歩歩いていた。
だが、介助は後方から雨音でも隠せないほど不規則な足音を聞き一瞬疑問が湧く。
(走ってる?)
本来なら通行人が走っていようがいまいが問題ないが、つい先日街中でチンピラの襲撃を受けた介助は不審な物に対し気が立っていた。
ゆえに、彼は後ろを振り向くと。
いつぞや吉祥寺で襲撃してきた黒服の男が黒光りする毒々しい得物を介助に向けていた。ただ異なるのは、先の襲撃時と違い黒スーツではなく黒いレインコートを着ていた事だ。
「下田!」
途端に介助は七海を道路側、赤信号で待機している車同士の間の空間に押し飛ばす。七海は突然の行動に驚き傘を手放し、介助の意図した方向に転んだ。
「太田なにを」
そう声をかけた時、既に太田の肩や腹に小さな穴が空き、そこから血が噴き出していた。
「お前っ、この前のヤク」
向かって行こうとする介助だが、それを阻止するようにスリッパで床を叩く程度の軽音が鳴ると共に介助の左脚に風穴が空いて血が噴き出す。
「ぐっ……」
思わずその場に転び倒れ、介助は苦悶と怒りの入り混じった眼で自身を撃った黒服の男を睨む。
「クソガキが調子こいたらこうなんだよバァーカ」
酷く俗な言葉遣いで貶しつつ黒服の男が一歩一歩介助に近付き、介助の命が危うい状況だと理解した七海は車の陰に隠れてそっと待つ。
(やばい! 辰上だけじゃない、アタシらも頭数に数えられてる! どうしよう、殺される……このままじゃ太田が!)
しかし七海が隠れる車の助手席側のドアが開き、介助の姿を見て何事かと思った女性が介助のもとに駆け寄る。
「ちょっと! なにがあったの!?」
介助しか視界に入っていなかったのか、拳銃で介助を撃った黒レインコートの男に気付いていない。七海は女性に「逃げろ」とすぐさま言おうとするが、そんな暇はなかった。
「どけクソメス」
充分近付いた黒レインコートの男は、全く無関係の女性の頭に拳銃を宛がうと躊躇なく発砲した。
(なんて、ことを……っ!!)
七海は信じられなかった。善意で車から降りて駆け付けた無関係の女性が、今は頭を拳銃で撃ち抜かれて肉片と脳漿と血を呆気なく雨水と共に路面へ晒したのだ。一方的なその行為は、夜露死苦隊を相手した喧嘩とは全く別物の行為であり、七海の中の価値観を揺るがす。
あまりに命の価値がない光景であった。
介助を確実に殺すべく、黒いレインコートの男は女の頭を踏みつけてから前進し、4歩歩いて介助のもとに着いた途端。
「ッ!!!!」
介助と黒いレインコートの男の真横、待機中の車と車の間の空間から七海が無言で飛び出し、男の手元を全力かつ最速で蹴り上げた。
「ぐわっ!?」
思わずそのまま男は拳銃を手放してしまうが、七海は男に構うことなくそのまま拳銃が飛ぶ方向に駆け出す。
「クソっ、このメスが」
「撃つぞッ!!」
男が手元を押さえて痛がって悪態を吐いてから七海の方を振り向くが、既に七海の手には拳銃が握られていた。
「ざけやがってメスガキごときがよ……クソ……クソ!」
拳銃を奪った七海に対して挑むか逃げるか悩んだが、男は逃げる方を選択した。踵を返して逃げ去るが、七海は拳銃を撃つ事はしなかった。
(これ撃ったらアタシも捕まるんだよね。それに今は、太田の応急処置をしなきゃ、早く救急車を呼ばなきゃ、太田が死んじゃう!)
黒いレインコートの男はどこかへ逃げ去っていき、七海はすぐさま救急車の要請と応急処置を開始した。