40.迷走、そして決意
大雨の中、漆紀はわけもなく歩き続けた。傘ももたず、浸りたいのか、どうとでもなりたいのか、自身の目標や有り処がわからなくなり文字通り迷走する。
己の有り処が一切わからない。夜露死苦隊の抗争に巻き込まれる前、漆紀は無気力な自分にうんざりしつつも行き詰って停滞し、深く考えず雑に生きていた。幼き頃は多少なりとも個性らしき我が出ていた事もあったが世知辛い世を知って、我は抑えられたというより萎えていった。
幸か不幸か、夜露死苦隊との戦いは今まで以上の非日常であり、面倒臭いし命の危機も感じたが、同時に心のどこかで楽しい感情もあった。
楽を引き出され漆紀は人間性をはっきり捉えられる気がしたが、今一度危機に瀕し己は人間的にも社会的にも底辺の一片に過ぎぬ餓鬼であると感じさせられた。
夜露死苦隊と戦う以前と同様、無気力な自分よりも人に迷惑をかけてようがやりたい事の為に生きる暴走族達の方がよっぽど人間的に立派で良い、そう思わざるを得なかった。
「クソ……っ」
ただ衝動のままに、その衝動の奥に自分の目的が、人間性が、答えがあるはずだ。そう直感で思った漆紀は、とにかくどうにかなりたい思いで大雨の中を迷走する。
意味などないかもしれない。それでも漆紀は市内をひたすら無我夢中で無作為に走り回る。
(非日常に酔ってるだけのバカだ、俺は。その挙句、今度は雨のなか走って映画の登場人物の真似か? そんなんで、俺は何か出来るのかよ)
自問自答どころか、自答自否。映画の猿真似じみた行為だとしても、漆紀は何かないか、自分にあるのはなんだ、そんな問いも続けながら走る。
横切る車が水を漆紀に撥ねてこようと、時折見かける通行人が白い眼や携帯電話に付いたレンズを向けて来ても脚が動く限り、息を切らさない限り走る、
(真紀の声は戻らねぇ。俺のせいか? 萩原組のせいか? 俺だろ! 萩原組だろ! どっちもだろ! 俺は悪い? 悪いのはあいつらで、でも俺も悪くて)
結論など出るはずがない。視点が変われば因果の言い方も変わる。
「あああぁぁぁぁあああああ!!」
絶叫と共に無我夢中で迷走していると、漆紀は開けた場所に出た。
どうやら長時間思うがままに走った結果、どういうわけか多摩川河川近くの道に出たようだった。
近くに橋が架かっており、それを視界に入れるなり漆紀は橋に向かって突っ走る。
「あああああああ!!!」
雨に負けんとばかりの高低どちらも入り混じる声色で、彼は絶叫し走る。
橋に着くなり橋の歩道を荒い足取りで走る。
(なんも出来ないなら、いっぺん死ねよクズ!)
理屈をかなぐり捨てた、心から出たヤケクソ。
漆紀は橋の中央辺りまで来ると、一気にジャンプして橋から飛び降り多摩川へ身を投じた。わずか一秒で水面にぶつかり、大雨で増水し濁った大河に巻き込まれる。
(どうせ一度死んでんだ俺は! アタマに一発撃たれてんなら、多摩川なんて!)
凄まじい水流が漆紀の全身を揉み洗い打つ。そんな水流と一体化するように漆紀は体を伸ばして、流れる。
(もういっぺんぶっ飛んでくたばっちまえ。俺は……)
どれだけ走っても、どれだけ雨水に洗われても、どれだけ水に揉まれても、真紀の言葉は離れない。
(俺に出来ること……俺がやんなきゃいけないことは……)
漆紀はひたすら考える。自分の有り処、自分の目的、出来る事、自分と、その周りを。
(出来る出来ないじゃねえ、俺がやらなきゃいけねぇのは、抗争を全部潰して終わらせること。俺の所為なら、俺がやらなきゃいけないのはソレじゃないか! 一度踏み込んだが最後、俺はそうするしかねぇだろうが! 俺にはムラサメが……あいつら潰せる出来る力がある)
鉄塊の首飾り、ムラサメ。多摩川に流され揉まれているのに、未だに漆紀の首にかかっている。ただ、漆紀の事を待っているように。
(あとは覚悟だけだ。俺は……萩原組をぶった斬るんだ!)
相手を斬るという明確な覚悟が、漆紀の中で法律の重さを上回った。気付けば右手には、知らぬ間に一振りの刀が握られていた。
ふいに川中から水面に顔が出た瞬間に、漆紀は声の限りに叫んだ。
「ムラサメえええええぇぇぇぇぇ!!!」
その瞬間、漆紀の右手にある刀・村雨を中心に周囲の川水が急激に刀身へと吸い込まれていく。あまりの吸い込み量ゆえに漆紀の居る場所の川水だけが消えてしまい、漆紀は川底に立つ事が出来た。
村雨を頭上に掲げ、次々に流れてくる茶色く濁った川水を刀身に吸わせていく。何百何千何万リットルもの川水を刀身に吸わせ続けたまま、漆紀は村雨の切っ先を川底に向ける。
「ぶっ放せムラサメ!!」
村雨の刀身からジェット噴射のように水が勢いよく飛び出していく。その水は、先程から吸い続けている茶色く濁った濁流とは打って変わって綺麗な無色のものであった。
清水が竜のように固まって舞い上がり、漆紀は多摩川から一気に上昇して30mほどの高さまで上がった。
(この力で、真紀を巻き込んでしまった抗争を全部終わらせてやる。あとで夜露死苦隊の残党とか翔出流殺威弾が食ってかかってきても、そいつらもぶっ潰してやる)
漆紀はそう心に覚悟をキメると、水流を操ってそのまま橋の歩道へ着地した。
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午後6時頃、漆紀は全身ずぶ濡れのまま帰宅した。当然父から「どこに行ってた」と問われるが「川に行ってた」と正直に答えると早々に着替えた。
「こんな大雨に川に行ったのか!? 服も汚れてるし、飛び込んだのかお前は!」
動揺する宗一に対し、漆紀はというと家を飛び出た時とは打って変わって不思議な程に冷静だった。
「ああ。もういいだろそれは……それに俺は、ムラサメをちゃんと使えるようになったよ」
そう言った次に漆紀は一切口を開かずに心中で「ムラサメ」と呼ぶと、右手に霧とともに一振りの刀が現れた。
「漆紀……血を使わなければ、呼べなかったんじゃないのか?」
「とにかく、出来る様になった。だから明日……ヤクザどもをぶっ潰しに行って来る」
「正気か? 暴走族ならまだしも、暴力団に攻め入るのはやめておけ! 命がいくらあっても足りないぞ!」
「ちゃんと作戦はある。帰って来る時に、色々考えたから……俺の性分で真紀を巻き込んだんだから、俺がやるべき事はムラサメを使って全部終わらせる事だ。紛れもない俺自身の手で……ッ!」
漆紀は断じて狂気になど走っていない。精霊術で引き出すムラサメの力が超常的なものとは言っても、銃火器という圧倒的現代武器を使う暴力団を前にしては命がいくつあっても足りないのは確かである。
しかし、漆紀は覚悟と確信があった。
己に出来る事をただやるのみ、そう心に構えていた。
「父さんは、これが魔法だって……精霊術だって言ったよな。昔なにがあったのか分からないけど、精霊術ってのを使えるんだろ」
「ああ。使わなくなって長いが」
「付け焼刃でいい、俺にムラサメ(コイツ)の使い方を教えてくれ」
漆紀は村雨を真横に傾けて前に出し、父にそう言い放った。
「お前は……自分がこれから何をするのかわかっているのか? その口ぶりは、その力で暴力団と言えど人を斬ると言っているんだぞ」
「覚悟の上だし決めたことだ。萩原組を叩く……いや、斬る」
漆紀は気分一つで折れてしまう心ではなくなっていた。面倒臭がって、他人事ぶって、物悲しげに、そんな負に浸っている場合ではないと、固い覚悟が身に付いた。
「漆紀、明日攻め入るのはやめろ。明後日にするんだ。明日に日を改めて精霊術を教える」
「……ああ、わかった」




