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ガンギマリズム  作者: 九空のべる(旧:ジョブfree)
第三章「やべーやつ、暴走」
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37.ヒットマン、襲来

翌日。吉祥寺東病院の病室にて。

「あのさお兄ちゃん。これなに?」

面会に来た辰上真紀は、退院したかと思ったら再び入院する怪我を負った兄を見て怒りと呆れが入り混じった表情のまま問い質す。

「いや、これはな? 友達と退院&夜露死苦隊撲滅祝いに吉祥寺へドカ食いしに行ったら、ヤクザに襲われてさ……戦わざるを得なかったんだけど、油断しちまった。ボスみてぇなヤツに背中刺されちまってさ。今度はヤクザだぜヤクザ。あいつらまだ諦めてねぇ、俺を殺る気満々みたいだ、HAHAHA」

「は?」

漆紀はあくまでも妹の怒っている表情を和らげようと茶化して言ったが、全く誤魔化しが効かない。

「はい……」

「はい、じゃないけど? 傷はどうなったワケ?」

「輸血して貰えたから、その血を使ってムラサメが傷を治してくれた。もう傷なんかねえよ。おかげで医者からはまた〝奇跡〟扱いだ」

ムラサメは妖刀ゆえに、本来ならば治癒に大きな時間のかかる怪我であろうと血を糧とすれば瞬時に治してしまう。しかし、真紀の求めている言葉はそうではない。

「そうじゃなくて、今後どうする気なワケ。まいっっっかい毎回ゾクとかヤクザに襲われ続ける気? それも友達まで巻き込んで。あのさ、そもそも人として恥ずかしくないの? なんでそんなにお兄ちゃんは我慢が効かないワケ? 前までは仕事で暴走族と関わっても、喧嘩になるような事なかったのに」

真紀が疑問に思っている点はそれだ。漆紀がなぜ現在このような状況に至るまで夜露死苦隊と争う事になったのか、その行動原理だ。

妹である真紀ですら、兄・漆紀が頑なに戦い続ける行動を理解出来ないし、大人しく隠れて逃げ続けてやり過す事を何故しないのか理解出来なかった。

「理由はある。そりゃ、今までは暴走族とか反社からの依頼だろうが波風立てずに配達をやったさ。内容を気にせず言われるままにな。本当に今回はたまたま、夜露死苦隊と敵対しちまっただけだ」

「そういう事じゃないんだってば! それはなりゆきだとして、なんで夜露死苦隊に逆に襲撃するとか、攻める真似してるのさ!? 命が惜しくないワケ!?」

真紀が苛立って漆紀の胸倉を掴んで問うと、漆紀は深く息を吐いてから改まって話し始めた。

「真紀、お前さ。夢とか、生きる目標とか、どんな自分でありたいとか、意識した事あるか?」

「なに急に……話逸らさないでよ」

「なあ、どうなんだ? 真紀、お前はそういう夢とか目標ってあるか? どういう自分になりたいとか」

「それは誰だって少なからずあるでしょ。それとこれがお兄ちゃんとどう関係あるわけ?」

「俺はな、馬鹿を見て損したくないだけだ」

「は?」

漆紀の言葉に、より一層真紀は困惑した。馬鹿を見て損をしたくないなどと言うが、現に馬鹿な行いの結果入院しているではないかと真紀は首を傾げる。

「小学校でさ、俺が4年生くらいの頃スゲー嫌なヤツいただろ。松村ってヤツ。覚えてるか?」

「あー、平気で低学年の子相手に嫌がらせしてたし同級生にも嫌がらせしてたね。で?」

「俺もソイツから嫌がらせされてたのは知ってるか?」

「え、初耳だけど」

「だよな。だって話すのこれが初めてだからな。父さんもお前にその話を隠してくれたし」

漆紀は自身の体験を話し始めた。

「松村はほぼ毎日俺に嫌がらせしてきた。体育じゃサッカーに紛れて集中的に俺の足を蹴ってくるし、俺の教科書をどこかに隠すわ、トイレ覗き込んで来るわ、小学生の悪ガキが思い付く嫌がらせの限りをやってきた。ま、これを他のヤツにもやってたから、嫌がらせの天才でもあるかもな」

それを聞けば、どこにでもある極悪ガキとその被害者というだけの話であり、真紀はまだ表情が曇ったままである。

「うわぁー、ザ・クソガキって感じだぁ」

「正直、小学校はあんまり楽しくなかったけど、もっと直接的に殴られたり酷い目を見てるヤツもいるし、それと比べりゃ俺はマシだと思って耐えた。でもある日、俺と同じく嫌がらせ受け続けてたヤツが吹っ切れてハジけたんだ」

吹っ切れてハジけた、などと抽象的な表現では良くわからず真紀は再び首を傾げるが、漆紀は間を置かずにその詳細を語った。

「吹っ切れてハジけたヤツの名前は瀬戸って名前だ。ソイツの事はあまり知らなかったが、そいつはある日ぶちギレて松村に飛び掛かって顔を何発か殴った。勿論親を呼ばれて瀬戸も松村も叱られて形だけの仲直りをしてオトモダチになったそうだ。気持ち悪いよな」

学校側からすれば、児童は皆問題児予備軍であり個性など無い無味無臭である方が大助かりである。故に、児童の人間関係などどうでも良く、嫌いだろうが好きだろうが全員等しくオトモダチなのだ。

「だけど、松村は当然より一層腹立てて瀬戸に嫌がらせをするが、負けじと嫌がらせを受ける度に瀬戸は松村に殴り返したり蹴り返したりした。それが数週間続いて、いつしか松村が瀬戸に絡む事はなくなった。でも、瀬戸はぼっちになった」

「そりゃいくらなんでも毎回殴る蹴るでやり返して来る人とかみんな怖がって嫌うよ」

「ぼっち化した瀬戸が気になって、どう思ってるか聞いたんだ。瀬戸のヤツ、なんて答えたと思う?」

「ぼっちが辛い、とか」

真紀の答えがあまりに見当違いだったのか、漆紀は失笑してしまった。

「違う。最高にスッキリした気分だって、そう言ったんだよ。わかるか? それで俺は学んだね、一方的にやられ続けて損して心をすり減らして自滅する。これがどんだけ馬鹿な行為かって、よぉーく分かった」

「だからってやり返し続けて入院してるお兄ちゃんも馬鹿だと思うけど」

「ただ、瀬戸はあまりに弁えずにやり過ぎた。会話の余地がある相手にもやり返し続けちゃダメだ。落としどころを設けられる相手と戦い続けるのは流石に俺もやらない」

「じゃあなんで夜露死苦隊と戦い続けたワケ!? おかしいじゃ」

「じゃあ思い返してみろ!! 最初にスーパーで絡まれてからリンチ遭った時だって、本当の事話してもずっと殴り続けてきたんだよあいつらは! 話しても落としどころなんてなかった!!」

「それは……」

「リンチの時にやり返してからの夜露死苦隊はどうだ? ずっと俺を捕まえようとするし、殺しに来てただろ! 会話の余地なんてないぐらい俺を殺そうと狙ってたし、落としどころなんて見つけようがない! あるのは落としどころじゃなくて、落とし前だけじゃないか!!」

全て事実であった。

事実を振り返れば、漆紀の行動は限られるが。

「それでも、出かけなければ夜露死苦隊と会わずに済んだよね? 自分で首突っ込んでんじゃん! お兄ちゃんやっぱり馬鹿じゃん!」

「ゾクの所為で行動制限かけられるのは理不尽だ。だから出た」

「だーかーら! それが間違ってるじゃん!」

「一方的にやられ続けて馬鹿を見るのと、命の危険があってもやり返して楽しく生きる、この二つを天秤にかけたら後者が勝っちまった」

「だからなんでそっちが勝つわけ!!」

「それは……もう、過去とか関係なく生まれ持った性分だろ。どーせ死ぬなら楽しく生きて、やられ続けないでやり返して死ぬのがまだ気分良いだろ。俺はそう思う」

「呆れた。ほんと頭おかしい。なんでそんな脳ミソしてるわけ? 馬鹿を見ようが生きてた方がいいじゃん!」

漆紀と真紀の考えは一切噛み合わない。兄妹といっても、全く価値観が異なるというのはそうそうない事である。

「真紀、お前も落としどころない理不尽に遭えば嫌でもそうせざるを得なくなる」

「絶対ない。お兄ちゃんの頭がおかしいだけ」

「そうかよ……」

それ以上話せる事はなかった。漆紀と真紀はしばらく沈黙する。だが、黙っているだけでは時間の無駄ゆえか真紀の方から沈黙を破った。

「はぁ。起こった事は仕方ない、か。なにがあったか、しっかりお兄ちゃんの口から聞かせて。今度はなんだっての?」

真紀は依然としてうんざりした様子で額に手を当てて、漆紀がヤクザと戦闘に至った経緯をを聞く。

「今回襲って来たヤクザに関しては、夜露死苦隊の件の続きで襲って来たってコトでオーケー?」

「ああ、それで合ってる。リーダーらしき黒スーツのヤクザが〝夜露死苦隊〟って言葉を確かに口にしたし、夜露死苦隊が俺に負けたのが信じられねぇとか言ってた」

唐突に真紀はスマートフォンを取り出すと漆紀を襲った暴力団について調べ始める。

「そのヤクザは夜露死苦隊の後ろ盾やってた奴らだとすると、やっぱりこの萩原組って連中だと思う」

真紀はスマートフォンに表示された「萩原組」に関する記事を漆紀に見せる。

「これは……構成員約400人って、デカいのかな?」

漆紀は暴力団・萩原組の構成員数を知ったものの暴走族とはまた一線切られた世界のため人数の多い少ないの基準がイマイチ掴めない。

真紀が再び素早くスマートフォンで検索を掛け直して調べていく。

「一番大きい暴力団がねー……約五万人だって。だから、萩原組は小さい方だねぇ」

「なるほど。それでも萩原組は約400人か……やべーな、どうしよ」

漆紀の当初の狙いは夜露死苦隊に大打撃を与え、二度と自分達に関わって来ないようにさせる事である。しかし実際には漆紀が何度も夜露死苦隊と戦った結果、夜露死苦隊は大打撃どころか勢力としては滅びの道を歩んでいる。

この結末ゆえに夜露死苦隊を傘下に置く萩原組は沈黙を破り、萩原組自ら漆紀を殺さんと襲撃に来たのだ。

「てかお兄ちゃん、ヤクザ相手だったのによく撃たれなかったね。あいつら銃とか持ってるんでしょ?」

「なんで撃たなかったんだろうな……俺にもよくわかんねぇけど。吉祥寺だと武蔵村山より人が多いし警察もすぐ来るからじゃないか?」

吉祥寺は住みたい街ランキングなどでも毎年上位にランクインするほど行き交う人が多く、同時に治安も良いため東京の中でも最も安全な街と言われている。この治安の良さは吉祥寺駅周辺にどういうワケか交番が多く設置されている状況ゆえである。

また吉祥寺の警察は他所の警察より穏健であり、仮に街中で喧嘩が勃発しても関係ない一般人もろとも逮捕したり拳銃発砲をしないのだ。

そのような警察の手が行き届いている街ゆえに萩原組と思われるヤクザ達も銃までは使えなかったのだろう。

「じゃあなんでお兄ちゃんが武蔵村山市に来るまで待たないで襲ったワケ? 吉祥寺で銃を使えないなら、警察が雑な武蔵村山市に戻った時を狙って撃てば良いのに。そこが腑に落ちないんだけど」

真紀が口にした疑問は漆紀も抱いていたものだった。

萩原組が漆紀の前にピンポイントで現れたという事は萩原組は漆紀を尾行しつつ襲うタイミングを見計らっていたと考えて良い。

何故彼らは武蔵村山市で待ち受けず、吉祥寺で一度姿を現して漆紀を襲撃したのか。結果的に漆紀は怪我こそ負ったが病院に辿り着き、命まで奪われていない。

そして今は共同の一般病室の一角のベッドに入っている状態である。漆紀の怪我自体は完全癒えているので明日にはまた退院であるが、明日まではこのベッドにいなければならない。

だがふと、漆紀は何か不穏なものを感じた。

何か考え違いをしているような気がしてしまう。

「待てよ真紀。現状俺はこの病院に居るよな? んで、明日の退院までは〝嫌でも〟この病室のベッドで過ごさなきゃならない」

「そうだね」

「なあ、この病院って吉祥寺駅からどれくらい離れてる?」

「えっと……4キロメートルくらいじゃない? ぶっちゃけここの病院、吉祥寺って名前付いてるけど練馬区だし」

吉祥寺東病院は吉祥寺と名付いているが練馬区の病院。ゆえに吉祥寺駅周辺とは違い交番もそこまで多くはなく行き交う人も少ない。

それらの情報を整理すると、特別勉強が出来るわけではない漆紀の頭で最悪の予想に辿り着く。漆紀の顔色は一気に青ざめて、その視線は真紀ではなくベッドの隣に置かれた点滴スタンドへと移る。

「やばいっ、ヤバいやばい! 今すぐこの病院から逃げなきゃ!」

漆紀はベッドから起き上がって点滴を外そうとするが、真紀がこれを止めるべく漆紀の腕を掴む。

「ちょ、はぁ!? なに言ってんのお兄ちゃん、勝手に出たら怒られるよ!」

「面会終了時間は何時だ!」

「えっと、16時で終了だからあと30分くらい」

「まずい! 早くお前も逃げるんだ! ここは危険だ、ヤクザが来る!」

「なにを言って……」

その時、唐突にも漆紀のベッドの周囲を囲っているカーテンが何者かに「シャッ」と短く開けられた。侵入者の姿が真っ先に捉えたのは漆紀の目であった。

その侵入者は赤いシャツを着ているが右肩のあたりに固定具を装着しており、体格は明らかに成人男性のソレで、頭には黒いキャップを被っていた。唯一異質なのは、明るい色の服装に対して本人の顔は強面かつ今にも人を殺さんと殺意に満ち溢れていた所だ。

その顔は、昨日チンピラを率いて襲撃に来た黒服ヤクザと何ら変わらぬ人相であった。

「えっ」

思わず真紀が侵入者の方を振り向いた途端、パシっとスリッパで床を叩く程度の軽音が病室内に響き渡った。赤く生温かい飛沫が漆紀の顔と服を濡らした。

「かっ、あっ、あっ……あぁっ」

真紀の首筋、厳密に言えば喉に穴が空いてそこから血が溢れ出した。真紀は何が起こったのか理解まで至らないが、自分の喉から溢れる血を止めようと両手で抑え込む。けれど侵入者は容赦せず、円筒状の部品を先端に取り付けた拳銃の引き金をもう一度引いて真紀の背を撃ち抜いた。

妹の姿が示す状況を困惑する事無く理解した漆紀は、その顔が歪むほどの激情が湧き出すと共に点滴のスタンドを掴み侵入者へと振るう。

「ざけんなあああぁぁぁぁ!!」

だが侵入者は漆紀が振るう点滴スタンドが当たる前に銃口を漆紀の方に向けて引き金を引く。

「ぐっ!?」

点滴スタンドを振るう力が途中で抜けてしまう。

侵入者の発砲は一発ではない。二発、三発、四発と漆紀の腹、肩、首と漆紀の上半身の各部に次々銃弾が当たり、そのまま漆紀はベッドに倒れてしまう。

「お……おい、ひゃ……」

零れ出る喉の血を両手で押さえ、苦痛に耐えつつも真紀は兄の事を呼んでにじり寄る。侵入者は冷徹さを保ったまま真紀の背に向けてもう一発発砲する。

「お……ひ……」

そのまま真紀は漆紀の上に倒れ込み、動かなくなる。

漆紀は何度も撃たれておりとても体を動かせず、侵入者を睨む事しか出来ない。

「ムラサメ……コイツを、こ……」

侵入者の男はついぞ漆紀の額に拳銃を押し当て、引き金を引いた。

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