36.ヤクザの襲撃! 街中の乱闘
午後16時、吉祥寺駅から少し離れた道にて。
吉祥寺は駅周辺は駅ビルのみならず様々な商店が待ち構える名物商店街があるが、そういった部分から離れると少し静かな街並みが広がる。
商店の数も控えめになり、人通りも並々で決して多くはない。
三人がドカ食い後の運動がてら歩いていると、行く先5mの路地からスカジャンを着た強面の男が出て来た。それも一人ではない、路地から一人、また一人と出て来てあからさまな交通の妨害をする。
「なんだ、あいつら?」
漆紀が首を傾げながらそう呟くと、介助が青ざめた様子で漆紀の肩を叩いて後ろを指差す。
「やばい、囲まれた。あれゾクじゃなくて絶対ヤクザだよ!」
漆紀が後方を振り向くと、後方の路地からもスカジャンやアロハシャツを着たいかにもチンピラらしい風体の男達が次々出て来る。
暴力団組員と思わしき強面の男らを見て、漆紀は真っ先に「夜露死苦隊の件か」と心当たり、深くため息を吐いた。
いかにして暴力団が漆紀の居場所を特定したのか疑問であるが、探偵を雇えば尾行によって一個人の居場所を把握するのは用意であるからして、恐らくそれであると漆紀は予想で結論をつける。
「まぁーた夜露死苦隊絡みか」
うんざりしたのか低い声色で漆紀がそう言うと、七海は「待ってました」とばかりに手足を解して準備運動を始める。
「食後の運動には持ってこいじゃーん」
「まあ待てよ下田。こいつら本当に喧嘩しに来たのかは分からないだろ? 話してみようぜ、な?」
相変わらず戦う事に乗り気でない介助がそう提案すると、漆紀はこれに頷く。
「なああんたら、夜露死苦隊絡みで俺に会いに来たんだろ? 見るからに反社の方々っぽいし」
物怖じせず漆紀がそう問うと、正面に居る強面の男達の中で一人だけ黒服を着た男が前に出て答える。
「お前か、便利屋タツガミは?」
「そうだけど、おじさんは?」
「テメェか。こんなクソガキに夜露死苦隊が? 信じられねぇな。おいガキ、大人しく俺達に付いて来い。痛めつけねぇで殺してやる」
「は?」
唐突な処刑提案に漆紀は思わず疑問の声を上げた。
「おじさん、なんか誤解してね? 俺は巻き込まれただけだし、夜露死苦隊連中は勝手に勘違いして俺を襲って来ただけだよ。正当防衛だ」
正当防衛を主張する漆紀だが、当然法的には正当防衛には当たらず過剰防衛であるし、むしろ加害と見なされる行動までしている。
「そうか、痛い目見て死にたいか。連れのガキども、恨むならその便利屋のクソガキを恨めよ」
そう言うと黒服の男が部下のチンピラ達に告げた。
「一気に集団でボコれ。最悪ここで殺せ」
チンピラ達は「っしゃあ、やったらぁ!」と己を鼓舞して全員で一気に襲い掛かって来る。前後からチンピラが迫って来て漆紀達は挟み撃ちされる形での開戦となる。
「殺ってみろチンピラどもがッ!」
そう漆紀が啖呵を切ると、下田は「運動開始!」と意気込み、介助は「今度はヤクザかよ!」と嫌々ながら構えを取る。
真正面からチンピラが8人一斉に拳を構えてかかって来るが、漆紀は慣れた様子で口に右手をツッコミ無理矢理吐き気を催す。
「レインヴぉぉおええぇぇえええ!!」
相変わらず必殺技名など言えぬまま漆紀は吐瀉物を眼前に迫るチンピラどもの顔面目掛けて吹き散らす。
「ぐァあああ!」
「目、目がああぁぁあああ!」
「なんだこのガキ! 汚ぇ、来るんじゃねぇ!」
吐瀉物を顔面に浴びてヤクザたちが悶え苦しみ地べたに倒れのた打ち回る。吐瀉物を浴びなかった者が前方にも2人おり、後方から迫るヤクザは何の怪我もまだない。
「下田と太田は後ろ頼む!」
「任せて!」
「結局喧嘩かよくクソ!」
七海と介助はこうとなったら喧嘩になる覚悟をキメて後方のヤクザと応戦する。
漆紀は吐瀉物を浴びず正面に立っているヤクザ二人も速やかに悶絶させるべく口に右手を突っ込むが。
「ゲロガキが!」
察しの良いヤクザの一人が速やかに近付き、漆紀の鼻っ面に拳を突き刺した。
「ぐぐっ!?」
「もうその手を使わせねえぞゲロガキがよぉ! コラァッ! オラァッ!」
漆紀自身は決して喧嘩が特別強いわけではない。ヤクザの一人に先手を取られ、漆紀も負けじと吐瀉物で汚れた右手を握ってヤクザの顔面に殴り返す。
「痛ぇよクソヤクザが! くたばれ!」
「叫ぶんじゃねえクソガキが!」
ヤクザは打たれ強いのか、夜露死苦隊の構成員とは違って殴っただけでは簡単には怯まない。手の空いているもう一人のヤクザが漆紀を殴ろうと横から迫って来る。
(こうなりゃ!)
漆紀は目の前のヤクザの鼻っ面に噛み付いた。
「ああぁぁああぁぁあああああ!!」
意外過ぎる野蛮極まる攻撃にヤクザは怯む。漆紀はこの隙を突いて正面のヤクザの股間に膝蹴りしてすぐさま後ろに飛び退いて横から殴って来るもう一人のヤクザを避ける。
「ううぅぅううぅヴぶぉおぉぉぇェエエぇえええッ!」
漆紀が再び右手を口の奥に突っ込むと、ヤクザ二人の顔面に向かって吐瀉物を「う」の口で吹き出して命中させる。
「き、汚っ……うっ、ううぉヴぼぉおえぇぇえええ!」
「えおぉぉおええぇェェえェぇえええ!!」
余りの不快感と臭いに二人も悶絶して路上に吐瀉物を吐き散らしてしまう。その隙を見て、最初の吐瀉物で悶絶させた8人へと駆け寄ると。
「二度と俺に関わらねえようにしてやる!」
未だに地べたをのた打ち回って苦しむヤクザ達の顔面を激しく踏みつけていくが。
「調子に乗りすぎだクソガキ」
その声が真後ろから聞こえたと思った瞬間、漆紀の背中に鋭く刺々しい激痛が走る。痛みの範囲からして、何か刃物で刺されたのだと漆紀は瞬時に理解した。
「ぐぇッ! て、テメぇ……く、黒服のヤク」
「黙れ」
黒服ヤクザは漆紀を蹴り出すとその勢いで刃物を漆紀の背から引き抜く。漆紀は倒れるものかとよろけつつも前方に少し動いてから振り返る。
黒服ヤクザは刃が赤く染まったナイフを持っており、漆紀を刺した凶器であるのは明らかであった。
漆紀はこれまで夜露死苦隊に対し、圧勝ではないにせよ勝利してきて油断があった。それゆえ、黒服ヤクザの存在を完全に忘れていた。
「こんなガキに夜露死苦隊が……バカじゃねぇのか?」
「痛ぇだろうがクソ、血ぃ流させたな」
魔法は本来人目に晒してはならないが背に腹は代えられぬどころか腹に代える背が刺されてしまったため、追い詰められた漆紀は左手で背中から流れ出る血を触れて、それを首飾りの鉄塊に押し付けた。
「ムラサメ、来い!」
瞬時に漆紀の右手に細長い棒状の霧が現れたかと思うと、そこから一振りの刀が姿を現す。
『戦うのね。斬るの?』
「街中だ、斬っちゃまずい。叩くしかない」
『傷治せないけど』
「俺が失血死する前に片付ける! 力貸せ!」
黒服のヤクザからすれば漆紀は独り言を言っているだけに見え、急に刀をどこからか手にしたため、理解出来ない様子である。
「お前、クスリやってんのか?」
「テメぇこそ黙れよクソヤクザがよ!」
漆紀が駆け出すと、村雨の刀身から濃霧が四方八方へと瞬く間にまき散らされ視界不良となる。
「はぁ!? なにやってんだムラサメ!」
『これで攪乱した。あなたなら……術者のあなたなら、霧中だろうと敵の位置は感覚でわかるでしょう? さあ、棟の方でぶっ叩いて倒して! 早く病院に行くの!』
漆紀は確かに直感にも似た不思議な感覚が沸き上がり、先程の黒服ヤクザがどこに居るのか確信をもって理解出来た。
(お前、霧を起こす事なんて出来るのか。なぜか知らねぇが、敵の位置がわかる……そこか!)
漆紀は標的目掛けて駆け出す。たがて霧中に標的たる黒服ヤクザの人影が見えると、棟を向けて一気に標的の横っ腹目掛けて村雨を振るった。
「ぐあぁッ! てめっ! クソ! どこ行ったクソガキ!」
『斬らないというなら……二度と関わって来ないよう、しっかり痛め付けて!』
「わかってらぁ!」
漆紀は流血しており、早く決着を付けなければならない。再び霧中に姿を隠すと、別の角度から黒服ヤクザに接近してその肩辺りを村雨で打つ。
「がぁっ!? ど、どこだ! どっから来やがる!」
攻撃の間隔を徐々に詰めていき、5秒、4秒、3秒おきとどんどん激しく黒服ヤクザを痛めつける。
「てめぇコラぁ! ぐっ!? どこにぶぐッ!! ぶっ刺したらぁ!」
「いィ加減に沈めぇ!」
黒服ヤクザの膝に向けて低く村雨を振るうと、膝に当たった瞬間鈍い音がする。黒服ヤクザは思わず前方に転びかけて両腕を地べたに真っ直ぐ伸ばして転ぶのを防ぐ。
しかし漆紀はそのまま追い打ちをかけた。転倒しかけて四つん這いの状態になった瞬間を見逃さず、漆紀は己の頭上に村雨を構えて上段から振るって村雨の棟を黒服ヤクザの肩にぶち当てた。
「がぁっ!?」
ついに黒服ヤクザは地べたに倒れ、肩の骨が折れたかヒビでも入ったのか激痛を感じてのたうち回る。
『よし、充分痛めつけたし友人二人と合流して病院に』
「ああ……クッソ、やっぱり痛いもんは痛ぇ……」
ここまで漆紀は己を刺した黒服ヤクザに対しての激情によって痛みに堪えつつも村雨を振るったが、当の黒服ヤクザをのたうち回らせるまで痛め付けたとなれば多少怒りも冷める。
漆紀は霧から抜けて激しく素手喧嘩を続ける七海と介助を見て言い放つ。
「二人とも、一旦撤退! 俺、刺された! 病院優先!」
「はぁ!? 刺されたのになんで動けてんだよ! このっ!」
「わかった、じゃあアタシらもこいつらとっとと片付けるから!」
七海が飛び膝蹴りでチンピラを一人打ち倒すと、介助も正面から来るチンピラの顔面へとワイヤーロックをぶん回して牽制する。
「ムラサメ、遠距離攻撃は出来るか?」
『……水が足らない。もっと水を貯めてれば、あいつらも洗い流せたけど』
「これでラスイチ!」
介助が苦戦している所で、七海がドロップキックの横槍を入れて打ち倒す。
「全部やってないけど逃げるよ太田!」
「待てって下田! おい辰上、肩貸すぞ! ほら逃げるぞ!」
介助が漆紀に肩を貸し、七海が後ろを警戒しつつ霧に紛れて逃げ始める。
「待ちやがれ!」
まだ動けるチンピラ3人が漆紀達を追って来るが。
「ムラサメ! 霧!」
『ええ』
漆紀が後方のチンピラ達に村雨の刃先を向けると、刃先から一気に濃霧が噴き出してチンピラ達を中心とした辺り一帯を視界不良にする。
「今だ太田、下田。行くぞ」
そう言いつつも、漆紀は内心「やってしまった」と後悔に駆られる。
(精霊術を人前で見せちまった! ゲロで……いや、あのヤクザは他のチンピラよりタフそうだし、ゲロじゃ無理だろうな……それにしてもやっちまった、クソ!)
「お前その刀はなんだよ! さっきまで持って無かっただろ!」
「いいから行くぞ! 俺が刺されたんだ、さっきの黒服が立ち直って来たらお前らも刺されるぞ!」
介助と七海は頷くと、漆紀と共に早々に近くの病院まで向かった。




