13.愉快爆発、七海の投球!
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時刻は午後9時を過ぎる頃、武蔵村山市内を走る車は明らかに減っており静かである。
武蔵村山市には浅堀川という川が市内西側から中央にかけて流れている。この川の水量は少なく、けれども川として残るのは治水の都合と周辺の農耕地との兼ね合いか。
その地域に住む漆紀だがそんな事情など一切知らぬまま、浅堀川にかかる新浅堀橋という橋でしばし休憩していた。
漆紀は橋の手すりに両腕を乗せながらもたれかかり、同行者の七海は手すりの上に座って両脚を前後にパタパタと振っていた。
「夜露死苦隊、出てこないねー。アタシ、それが目当てで同行してるんだけどなぁ」
「俺からすれば会わずに済む方が助かるんだけどな。夜は特にあいつらゾクの時間だ。夜露死苦隊なら夜になればこの辺走りそうなもんだが……案外会わないもんだな」
「ん? 向こうからバイクの爆音が近付いて来るけど」
「えぇ? じゃあ逃げるぞ。あいつら相手するなんて冗談じゃない。夜は昼と違って、一つの部隊辺りの人数が多いハズだ。悔しいけど、敵の数が多すぎるならやる気はねえよ」
暴走族は基本的に一つ一つ部隊を成して街を爆走する。しかし昼夜によってその部隊に人数は全く異なる。昼間は一桁の人数かか多くて十数人までだが、夜になれば一気に群れて彼らは一部隊につき二十人以上で走る事もある。
「んー、でもあいつら遅いよ。ライトがなかなか大きく見えてこないし爆音だけど時速30kmとか40kmとかなんじゃない?」
「そりゃ、いつもみたいな爆走だと俺を探せないからだろ。速度落として俺が居るかどうか見回ってるんだろ」
「なるほど。でも考えてみなよ、あいつらバカみたいに爆音のみで実際は遅めの速度でこっち来てるんだよ? 最初の不意打ちでたくさん倒せば良いんだよ」
「おいおい、何を言って」
低速といっても時速30kmか40kmと思われる。暴走族達は徐々に漆紀と七海の居る新浅堀橋へと近付いて来るが、七海は懐からあるものを取り出す。
「下田、何する気だ? 逃げた方が良い気が」
「大丈夫大丈夫! ここ防犯カメラないし、あってもあいつらがどうせダメにしてるからイケるイケる」
七海が取り出したのは野球ボールであった。なぜ野球ボールを携帯しているのか聞きたくなる漆紀だが、七海は構えると近付いて来る暴走族の先頭車両を見据える。
「夜露死苦隊で間違いなさそうだし、振りかぶっていこう!」
七海は大きく振りかぶって野球ボールを先頭の暴走族の男に向けて投げた。
七海の脳内での偏差予想は的中しており、見事に野球ボールが先頭の男の顔面にぶち当たる。
「ぐえっ!?」
相対速度も相まってぶつかり、男は瞬時に悶絶してバランスを崩しバイクごと転倒してしまう。
「うわぁぁああああ!」
すぐ後ろに付いていた他の暴走族達は対処する時間などなく、そのまま追突し次々に追突と転倒の連鎖が巻き起こり、新浅堀橋の上でバイク同士の衝突による火花が散り乱れる。
追突と転倒をしたバイクは計13台に及ぶ。
13台ものバイクが事故を起こしたが、後方に付いていた7台のバイクはブレーキが間に合って追突を回避する。
「なんてこった、隊長! 大丈夫か隊長!」
漆紀と七海の事など視界に入らないのか、下っ端の構成員達はバイクから降りて事故を起こした隊長や他の構成員達の安否を確認し始める。
彼らの特攻服を見ると、袖に金色の刺繍で「夜露死苦隊」と書かれている。漆紀と七海の予想通り夜露死苦隊の部隊であった。
「な、簡単でしょ?」
「下田、お前……えげつないな」
七海としてもここまで上手く事故が大きくなるとは予想だにせず、想像以上の戦果を得れて満足そうであった。
「多分あれじゃ立て直せそうにないし戦うまでもないか。辰上、どっか違うトコロ行こうよ」
「あ、ああ」
七海が上機嫌に歩き始めると、漆紀も平静に戻って歩き始めた。
(ま、路上で夜露死苦隊と普通に戦っちまった俺がどうこう言えるもんでもないか)
漆紀はたった一つの野球ボールで壊滅した夜露死苦隊の一部隊を一瞥すると、七海に付いて歩き始めた。