11.懲りない漆紀、諭す父・宗一
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「なんてことだ」
時刻は午後8時過ぎ、漆紀と真紀の父・宗一は事務所に戻るなり漆紀の話を聞くと右手を額に当てて困り果てる。
「お前、悪化させてどうする気だ。良いか、お前はそれで奴らが挑んで来なくなると思っているみたいだが逆だ。奴ら暴走族は頭が悪い。お前よりよっぽど頭が悪い。仮にお前が強かろうが頭が悪いからひたすら執着して襲撃してくるぞ。どうする気だ」
「でもさ、なんで俺があいつらにビクビク怯えなきゃいけないんだよ。最初に絡まれた件だって別に俺悪くないはずだけど」
「奴らに良い悪いなんか関係ない。とにかくもう大人しくしろ。勝った事を喜んでる場合じゃないだろう」
宗一は漆紀と違い暴走族達に限らず反社会勢力の性質をある程度知っている。暴走族と暴力団はひたすらメンツに拘る。
漆紀は己が怪我を負っても、夜露死苦隊に怯える姿勢はないし、なぜ自分が恐れて外出出来ない日々を送る必要があるのだと怒りすら覚えている始末である。
「お前は一体どうしたいんだ漆紀? なぜ大人しく出来ない?」
「いやいや、それにね? 今日の昼はただ昼食摂ろうとラーメン屋に行っただけなんだって! そんぐらい良いだろ父さん」
「それにさっき見せた写真。あれはなんだ? この前リンチに遭ったのとは違って、あそこは商店街の路上だぞ」
「町に設置されてる防犯カメラなんて大抵不良や暴走族連中が壊したりスプレー吹いたりしてオシャカになってるよ。俺がやり返してるトコだって映ってないっての」
漆紀の言い分は決して嘘ではない。治安が悪いゆえ不良や暴走族など反社会勢力の者が悪戯と自分達の縄張り管理も兼ねて街中に設置されている防犯カメラを壊して回っている。商業施設や個人宅の屋内の防犯カメラの場合は破壊が難しいが、屋外のカメラは容赦なく壊される。この防犯カメラ破壊は10年ほど前から問題となっており、手の届きにくい高所に設置するなどの対策が取られているが、未だに防犯カメラ破壊は行われている。
「そうか……ならそこは許そう」
「えぇ!? お父さんなに言ってんの!」
真紀は信じられない言葉を聞いたと言わんばかりに驚くが、漆紀は続けて言う。
「夜露死苦隊の連中がこれで流石に関わって来ないと俺は思うけどなぁ。顔面にゲロかけてやりゃ流石に懲りて二度と襲って来ないだろ。こいつ頭おかしいってな」
漆紀がそう自慢げに言うが、宗一は顔色は先程と変らず険しいままである。
「お前視点ならそこまでで良いだろうな。だが……漆紀、父さんは一つ心配がある。その夜露死苦隊は、この事務所にカチコミに来たりしないだろうか、とな」
「え?」
突拍子もない話に、漆紀は首を傾げる。
「考えてもみろ、そうやって街中で襲い掛かって来る連中だ。この事務所にカチコミに来たっておかしくは無いだろう。どうだ、漆紀?」
「あー……」
「お前、そこまで考えてなかったのか?」
「カチコミ来たら10割あいつらの所為にして警察呼べるし大丈夫じゃない?」
「お前なぁ……ダメだ、警察は最終手段だ。奴らも奴らで頭がおかしいからな、一般人を巻き込んでの拳銃発砲とか平気でする連中だ。お前も巻き込み逮捕とか充分知ってるだろう?」
宗一の発言は決して誇張表現ではない。依然として勢力の強さを維持する反社会勢力に対して警察は手段を選ばなくなっている。怪しきを罰すべく関係のない一般人まで拘束・逮捕に及ぶ。殺傷能力が充分ある凶器を持っていると警官が判断した場合、逮捕が難しい場合は積極的に拳銃による制圧・射殺に移るほど警察は殺伐としている。
そうして実際に拳銃による積極的な射殺を行っても、各警察署は「拳銃の使用は適切であった」と各メディアで毎回発表を行っている。
それゆえ国民の多くは警察に対しても大きく信用を置く事が出来なくなっている。
「そりゃあまあ。でもそれであいつらが逮捕なり撃たれるなりするならスッキリ解決するよね? 俺らは巻き込まれない事だけ考えれば良いし」
「とにかく、今後は本当に外出を控えるんだ。わかったな?」
「えー……俺それじゃ友達にも会えないじゃん。父さんさぁ」
「お前自分の命が惜しくないのか?」
「そりゃ惜しいけど、あいつらに一方的に殴られんのも嫌だし、俺があいつらに合わせるなんて御免だ。あいつらが襲って来なけりゃいいだけの話だって」
「暴走族は物分かりが悪い。どこまでやってもお前に襲い掛かって来るぞ」
「なら、わかるまで俺はあいつらにやり返しながら逃げるだけだよ父さん。悪いけど俺はそのつもりだから」
漆紀は荷物を持って事務所の出口へと歩き出す。
「おい、何処に行く気だ。まさか奴らが動く夜の時間帯に自分から身を乗り出す気か?」
「そんな気ない。ただ、昼間に食えなかったラーメン食いに行くだけ。流石に昼にあそこに行ってあいつら倒したワケだし、夜も夜露死苦隊のヤツらが来てるなんてのは有り得ないからな」
「ちょっとお兄ちゃん正気!?」
そう言うと制止を聞かずに事務所から出て一人で街へ出かけた。
「ねえお父さん、お兄ちゃんあのまま放っといて良いワケ!?」
「良くはない。良くはないが……漆紀は死なない。大丈夫だ、安心して良いぞ真紀」
「それどうい」
全て言い切る前に宗一は真紀の額に人差し指をトンと当てると、真紀は気を失ったかのように眠りに入って宗一に倒れかかる。
「良いんだ。お前達は……本当は自由に生きてて良いんだ。回りくどい事を言ってすまないな」
宗一は真紀を抱えると、近くのソファーに寝かせて毛布を掛けた。
(漆紀、何かあったな。暴走族は酷く物分かりが悪いから抗争し続けてるワケだが……それにしてはしつこい。何を考えてる?)