10.妹・真紀、ひたすらツッコまれる漆紀の帰宅
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夕方。
「ただいまぁー」
既に昼時は過ぎ陽の色が暗色寄りの頃合いになって漆紀は事務所に着いた。
「おかえっ……は? お兄ちゃんどうなってんのその怪我!? 昼からずっと帰って来ないとは思ってたけど……何があったの!」
妹の真紀からすれば、昼食を摂りに出た兄が長時間帰って来ないと思ったらボロボロになって帰って来たのだ。何があったのか仔細を聞き出さずにはいられない。
夜露死苦隊の構成員9名と戦って既に2時間半は経過した。漆紀は病院に行くと運よく速やかに診察を受ける事が出来た。
暴走族の襲撃を受けて這う這うの体で病院に来た、と漆紀は医者に経緯を説明し触診した。医者の触診では骨折などの大きな怪我はないと判断されたが、念入りにCTスキャンも受けた。CTスキャンによる画像を大まかに見る限り骨折は見られないが、細かい骨の骨折に関しての分析結果は1週間後に分かるとのこと。医者からは一週間後までの措置として湿布と痛み止め薬と熱冷ましの薬を処方された。
「医者行ってた」
「それだけじゃ分かんないでしょ!? なんなのその怪我! 顔も痣ばっかじゃん!」
「この怪我を見りゃお前でも何があったかわかんだろ。夜露死苦隊と出くわした。んで、これ」
これ、と言った漆紀は自身の顔を人差し指で示すが真紀は「馬鹿!」と一蹴する。
「だから出ない方が良いって言ったじゃん! 相手は暴走族なんだから、下手すれば殺されるかも知れないんだよ!?」
「へへっ……誰がボコボコのサンドバックになって負けただなんて言った? 真紀、コレを見ろ」
漆紀は引き攣った笑みを浮かべつつスマホを取り出し写真を真紀に見せる。
「写真? 写真がなんだってい……は? えぇ? なにこれ、どういう状況。なんでお兄ちゃんが立ってて暴走族が倒れてるワケ? ねえ、まさか」
「俺の勝ちィー! 俺がこいつらぶっ倒して写真撮ってやったぜ! 俺もすげぇボコボコにされたけどな!!」
勝ち誇る漆紀だが真紀は「うわー」と有り得ないものを見る目で呆れる。
「それさ、余計に夜露死苦隊に狙われるじゃん。お兄ちゃん頭悪すぎない? てかそんだけボコボコにされてるなら実質負けだよ。ボコボコのサンドバック負けだよ」
「でも一方的にやられ続けるのはムカつくし、なんで俺があいつら気にしてビクビクしながら街歩かなきゃなんねぇんだよ。元々悪いのは街に迷惑かけてる暴走族だろ」
漆紀からすれば、夜露死苦隊へと運んだ配達物がたまたま爆弾だっただけだ。普段なら違法な配達物だとしても違法薬物や危険薬品程度のものだっただろうが、運悪く組織間の抗争に介入するような役目を果たしてしまった。
「あと夜露死苦隊の人達の顔面に付いてるの、ナニコレ? これ、ちょっと」
「ゲロだよゲロ。俺が吐いた」
「汚なっ!? お兄ちゃん近寄らないで! さっきから妙に酸っぱいというか変な匂いすると思ったら吐いたの!? ちょっと!」
「吐いた。袋叩きにされて、それしか逆転する方法がなかった。でもよぉ、案外スッキリするもんだなぁゲロって。吐いたしあいつら倒したしムカッ腹が全部スッキリした感じがする」
「それ、お父さんに全部報告する気? この前のリンチはある程度仕方なかったけど、今回はお兄ちゃんが勝手に外出して自分で悪化させてるし怒られるよ」
漆紀は途端に表情を曇らせるが、深く一息吐いてから答える。
「でも、俺があいつらゾクに遠慮すんのはもうウンザリだ。ただでさえ今まで目立たないように慎重に過ごしてたってのに、あいつらに目ぇ付けられて追われて……俺は悪くねぇからな! 勝手に絡んで来てキレてるあいつらが悪い! それに、俺には必殺技があんだよ!」
「なに、必殺技って。ゲロの事?」
「そーだ! 名付けて、虹色の吐息だ」
テレビのバラエティ番組などで芸人が嘔吐してしまった際、吐瀉物に施されるモザイク処理の一つに虹色の表示にするものがある。漆紀はそれに因んで名付けたが、真紀は必殺技の名前まで付ける兄の能天気ぶりを見て更に呆れる。
「は? クソダサ。ゲロが必殺技って最低すぎるし、そのネーミング面白いと思ってんの?あとさ、あの、ほんとちょっと、近寄らないでくれる? 臭い」
「ところで父さんまだ事務所に戻って来ないのか」
「そのうち来るでしょ。その時は、覚悟してよね?」