9-3.苦勝、立ち去る漆紀
「なっ……何やってんだよお前!」
遅れてやってきたのは、漆紀が最初のドロップキックで倒したと思った構成員だった。落ち着きを取り戻して立ち上がりこちらへ駆け付けたのだろう。
しかし路上に広がる光景は吐瀉物を顔面に浴び頭を踏みつけられて倒れる夜露死苦隊と、夜露死苦隊に体中殴り蹴られ顔にも打撲痕が青くなり始めている漆紀だった。怒りゆえか漆紀は感じている痛みも鈍っていた。
「テメぇ、最初のヤツだな……俺に二度と関わるな。関わって俺をボコろうなり殺そうなりしようもんならまたこんな風にぶちのめすからな!」
「うるせぇ! ナメんなカタギ如きがッ!」
構成員は助走をつけて殴りに来るが、漆紀は足元で倒れている隊長の頭を踏みつける。
「て、てめぇ!」
思わず構成員は足を止める。
「この前副長ってヤツに勝った時も言ったけど、頭を地面に何度も打ったらマジで死ぬぞ! 良いのかぁ!?」
「隊長なんざ知るかボケぇ!」
構成員が再び足を動かすが、漆紀は歯を食いしばったまま立つ。拳が振るわれると、漆紀は両手でそれを掴むと。
「があぁー!」
雄たけびと共に漆紀は目一杯の力で構成員の手首に噛み付いた。
「ぐ、痛ってェええ! 離せボ……」
構成員が殴る事より振りほどく事に集中しようとした事を漆紀は逆手にとった。すぐさま噛み付くのをやめ、構成員の首を右手で掴むなりすぐさま左手も合わせて首を絞め始める。
「死ね……死ね……死んでしまえ……」
怒り溢れん漆紀は真顔で歯を食いしばったまま構成員の首を絞めつつ体重を傾けて地べたに押し倒す。
「ぐっ……げっ、や、やべっ……」
構成員が「本気で死ぬ」と恐怖し股間から生温かい液体を垂れ流した事を漆紀は見逃さなかった。そこで両手を放し、漆紀は構成員の顔面を掴んで地べたに叩きつけた。
「二度と俺に関わるな! 俺はお前らが襲って来る限り死ぬ怪我してもやり返すからな!! 二度と俺に関わるな! 分かったな!!!」
最後に構成員の顔面を思いっきり踏みつけると、漆紀は溜息を吐いて周りを見渡す。
(嘘だろ、俺……本当に勝ったのか? この人数に……夢じゃないよな?)
周囲の路上には隊長を含めて9人の夜露死苦隊が吐瀉物まみれで顔に大きな打撲をいくつも負って倒れている。殴られれば打撲だけでなく唇や顔の皮膚が少し裂けたりもする。そんな傷口にも吐瀉物が染みるだろう。
挙句運悪い者は漆紀の吐瀉物が目に入ってしまったのだ。痛みは引き続き未だに路上に倒れたまま無様にうめき声を上げて身を捩っている。
とはいえ、漆紀も全身殴る蹴るの暴行を受けており骨が折れてないか病院で検査すべき状態である。苦勝と言えるだろう。
「へっ……へへへ、勝った……記念写真撮らなきゃ」
漆紀はポケットに入ったスマホを取り出す。防護シートやカバーをしっかり付けているので画面は割れていなかった。漆紀は夜露死苦隊のある一隊を倒した証拠として、路上で倒れる彼らをスマホのカメラモードでレンズに収める、シャッターを押した。スマホ特有の連続撮影で3枚素早く撮った。
「3枚連続でこいつら撮ったし充分か……いや、俺も映らないと証拠になんねぇか」
苦笑いを浮かべながらも、漆紀は自分と夜露死苦隊をレンズに収め、右手を握り拳にして親指を立てたグッドポーズをして左手でスマホのシャッターボタンを押した。
証拠は充分。悪く言えば自分が喧嘩に応じた証拠でもあるが、漆紀は勝利を喜んだ。喧嘩を終えて幾分か怒りは静まったが、未だに燻っている。写真撮影はその燻りの表れと言える。
「体中痛ぇ……帰るか」
夜露死苦隊を路上に放置したまま、彼は便利屋タツガミの事務所へそそくさと帰ろうとするが。
「いや、その前に病院か。保険証あったっけな?」
戦い終えると先程の激情はどこへやら、日常的で先程までの態度と比べて別人に感じてしまうような独り言を零しつつ、彼はその足で病院へと向かった。