結末と後日談
耳を聾する爆音が轟き、視界が白一色に染まる。その中で身体を丸めた千本桜と、纏う殺気を〈硬〉で強化し、腕だけを残して泥に覆い隠される桜君だけが見えた。
千本桜は殺気の強度自体は高くない。あの距離で二度目の〈轟〉を喰らえば、流石に生きてないはずだ。
広がる衝撃波に押されて僕と唯我さんも工場の周りの森林地帯まで吹き飛ばされる。殺気を絞り出した唯我さんが庇ってくれなかったらこれで死んでいたかもしれない。
が、そんなことはもはや関係なく。
衝撃で僕の下半身は完全に分離し、どこかへ飛んでいってしまった。自意識を持って、自分の人生を歩み始めたのかもしれない。
残された上体だけの僕はもはや余命幾ばくもない。
そんな僕の前に、一人の少女が姿を現す。青い髪が華奢な身体に良く似合う少女だ。
「死なせません、絶対死なせませんからっ!」
泣きながら水沼さんは僕のちぎれてしまった胴体部分を泥で覆い隠そうとする。でもそれだけでは大して意味はない。外に流れ出なかった血液は体内の臓器の間に溜まっていく。
ありがとね、そう言おうとして声が出ないことに気がついた。
僕は気力を振り絞って最後に残った左腕を持ち上げ、手のひらを水沼さんの頭の上に置く。
ありがとう。
僕はもう助からない。人は死ぬ、それが現実だ。
でも死ぬ前に何か一つでも痕跡を残すことができて、僕は嬉しく思うよ。
そうメッセージを込めて水沼さんの瞳を見つめる。伝わったかどうかはわからない。視界が徐々に暗闇に閉ざされていく。
「駄目! いかないでください! 一人で納得して逝かないで!」
泣き喚く水沼さんの声が遠くなっていく。
そして遥か彼方へ遠ざかった世界から、慌ただしい声が聞こえてきた。
「〈機関〉の千葉支部です! 東京本部から要請を受けて来ましたっ!」
後日談。
結局僕は助かった。
水沼さんが地下の人造の殺気墜ちをスマホで撮り、〈機関〉の東京本部へ画像を送った段階で、上のお偉方たちも重い腰を上げようとしたらしい。
しかしその時には千本桜と繋がっていた〈同盟〉の一部が東京各地で事件を起こし、手一杯になっていた。そのためやや遅れて千葉支部へと写真とともに連絡が入り、千葉支部の機関員は殺気全開で飛ばしてきたそうだ。
結果として今回の強襲作戦は中途半端な結果に終わった。
今回すでに制作されていた異形の殺気堕ち百二十体は動き出す前に水沼さんが沼に沈め、窒息死させることができた。こいつらが人の住む街に解き放たれた時の被害を考えるとぞっとする。
しかし自他の肉体を異形へと変形させられる疼白修二は、玖渚シラヒの肉体とともに姿をくらませている。
玖渚シラヒに関しても胴体を真っ二つにされた僕が生きているのだ。生存している可能性も十分にある。
さらに千本桜良の死体も見つかっていない。
上層部は水沼さんの〈湖沼の月〉から吐き出された大量の殺気堕ちを見て、特殊案件として認めたそうだ。千本桜良と疼白修二を全国支部の総力を挙げて捜索するが、関東を出たらしい、というところで手掛かりは途切れている。
海外に出たか、〈同盟〉のかなり深い位置でかくまわれているかでもしない限りありえないそうだ。
「絶対見つけて、今度こそ殺しましょう」
病床の横で水沼さんがそう意気込む。
「そうだね。……でも彼女達以外にも対処するべき殺気遣い達は無数にいる」
僕は上体だけを起こして〈機関〉内の療養室から窓の外を眺める。いくらか高い場所にあるここからは〈機関〉敷地内の森の向こう側に東京のビル群が一望できる。
あの中には犯罪を犯し、のうのうと生きている殺気遣いがいる。治安は年々悪化し、殺気遣いの後ろ盾を得た犯罪組織が影響力を増し始めている。
その最たるものが〈同盟〉だ。
「……でも、その奥深くに千本桜良がいるというのなら」
復讐心を糧に〈機関〉を喰い散らそうとする獣。この殺気遣いが蔓延る世界の、日本の最後の盾を感情のままに砕き割ろうとする化物。
悪のカリスマ、千本桜良。
「……止める。何度でも」
僕はようやく動かせるようになってきた右手を握りしめた。




