VS千本桜良6
「ふー」
千本桜が息を吐く。水沼さんが反応した。
「探知領域が広がりました!」
七瀬が怪訝そうに振りむく。
「……なんだ、それは?」
「彼女は周囲にごく薄く自分の殺気を張り巡らせています。その範囲が今までの二メートルほどから五メートルほどまでに広がりました」
「マジか。でもあいつは〈操〉の一適性だろ? 〈放〉やら〈拡〉やらと組み合わせでもしない限り、離れた位置での殺気操作はできないはず……俺と同類の才能か?」
「ピュアは話が違うということかもしれませんね。貴方だって最大出力の〈放〉に〈陰〉を被せるなんて意味の解らないことをしているんですから」
「まあ、それもそうか」
「来ますッ、水沼さんは離れて!」
千本桜が身体を前傾させるのを見て僕が叫ぶ。水沼さんは僕が言い終わる前に沼の中にその身体を沈めた。
そして、次の瞬間に千本桜の身体は僕らの中央にいた。
「ッッッ!」
今までとは一線を画すその飛行速度を魅せた千本桜の瞳は、濃紅に染まりつつある。
「《廻天》」
身体の周囲のみを覆うような《廻天》もその攻撃半径を三メートルほど拡大させている。僕、唯我さん、七瀬はそれぞれ違う方向に弾き飛ばされた。
「唯我さん……ッ」
僕ら三人の中から千本桜が攻撃対象に選んだのは唯我さんだった。
「君が一番面倒くさくない。才能がないよ、殺気遣いとしての」
「ちっ……」
宙を仰向けに吹き飛ぶ唯我さんの上方から千本桜は拳打の雨を降らせる。唯我さんは自身に《重鎧》を付与し、手にしているバールでなんとか千本桜の連撃を防ごうとする。
が、そのバールは千本桜の右の貫き手に触れた瞬間、存在を穿たれる。
「ぐっ、……」
そのまま千本桜は全てを穿つ《神貫手》が如き右の貫き手と、防御が意味をなさず生身にダメージを与えて来る左の発勁を唯我さんの身体に降らせた。血飛沫とともに地面に叩きつけられた唯我さんの傍に千本桜が降り立つ。
「《虚穿》……とかどうかな?」
ボロキレのように横たわった唯我さんの上から、千本桜が右の貫き手、改め《虚穿》を振り下ろす。しかし一瞬早く沼と化した地面が唯我さんの身体を包み、地面の中に引きずり込んだ。
千本桜はその沼の湖面を睨みつける。
「……いい加減面倒だな」
千本桜が飛び込もうとする姿勢を見せた次の瞬間、千本桜の後方から飛来する者がいた。
「えっ?」
「ミツミちゃん……」
驚きの呟きが漏れる僕とは反対に、千本桜は振り返りながら落ち着いた声でそう呟く。ミツミちゃんと言われた女の子はボロボロになった高校の制服をまとい、広げた両腕の先からは悪魔のような殺気の爪が伸びている。僕が工場に到着した時に倒れていた女の子だった。
そのミツミちゃんの後方からは桜君が地上を疾走してきている。
「そうだッ! テメェのお仲間のミツミちゃんだぜッ! 俺の〈術〉、〈モノ騙り〉は意識を失った人間を操ることが出来るッ! 死んだやつに殺気術を遣わせることはできねぇがなッ! つまり、そいつはまだ生きて……」
桜君の言葉は肉を貫く鈍い音で遮られる。
「ごめんね、ミツミちゃん。でも君の命と僕の隙……天秤としては僕の方が重いかな」
胸を貫かれ、背中から腕を生やしたミツミちゃんの身体から徐々に殺気の光が消えていく。千本桜は腕を振り、ミツミちゃんの身体を足元に投げ捨てた。
「ちっ、このゲス野郎が……ッ!」
「君も人のこと言えんでしょ」
接近する桜君に千本桜は足元に転がったミツミちゃんの身体を足の甲でひっかけ、投げ飛ばす。
「うぉっ、テメ……」
桜君は一瞬躊躇うがその身体を両腕で受け止める。
その頭上には既に千本桜が到達していた。
「……逆に情に負けてちゃ世話ないね」
「《爆心》ッ……!」
二人の間で爆発とともに衝撃波が撒き散らされる。
「ッとぉ……」
咄嗟にミツミちゃんの身体を庇った桜君が地面を滑る。
その場で受け流した千本桜は宙に留まったまま僕に視線を向けた。
「あれ、君の射程距離、そんなに長かったっけ?」
そう、僕の〈創〉の出現半径は僕からおよそ二十二メートル。しかし今は二十八メートルほどあった。
「……ふふふ、君もか」
瞳が熱い。恐らく僕の瞳は濃紅へと向かっている。でもこの見目麗しき凶獣を止められるなら、どうだっていい。
「《劫心包み》」
千本桜の周囲で起きた指向性を持った爆発が一斉に彼女を襲う。しかし千本桜は既にそこにはいない。
……速い!
「君が一番面倒くさいんだよね……相性みたいなものだと思うけど」
接近してきた千本桜に僕はカウンターで右の掌を繰り出す。千本桜の額に触れる瞬間に《劫心》を掌で発動する。普段は飛翔に使っている《劫心掌》を攻撃に転用した技だ。
「いや、君に接近戦は無理でしょ。逃げなよ」
しかし千本桜はその衝撃波をなんなくかわしている。ショートアッパーを放つように、僕の伸ばされた右腕の肘のあたりに発動したままの《虚穿》を突きさした。
振り上げられる《虚穿》にほとんど抵抗なく貫かれ、右腕が半ばから失われる。激痛から来る叫びを僕は噛み殺した。
そして長さが半分以下になった右腕の先、ちょうど肘があったあたりに殺気を集中させる。右腕から殺気を送り、左手で制御するイメージ。
切断された右腕を使った反撃が即座に来るとは不意を突かれたのか、千本桜は一瞬驚きの表情を見せ、反応が遅れる。
「《劫心・閃》」




