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VS千本桜良5

 しかし貫かれたと思った身体は色彩を薄れさせ、黒く濁った泥と化す。最初から泥であったのではなく、貫かれた後で、その因果関係ごと入れ替わったかのような現象。どこかから水沼さんの声が聞こえてきた。

「〈湖沼の月・朧〉。今です、天羽さん」

 一度使えば数日使用不可能な「攻撃を受けた自身の肉体を身代わりの泥人形であったことにする」殺気術。それを今、水沼さんは使ったのだと分かった。

 水沼さんの言葉に背を押され、全身に殺気を込める。これなら握りつぶされようがない。

「っと、まず……」

 即座に離脱しようとした千本桜だったが、泥人形だったものが脚にまとわりつき、床も泥と化して盛り上がり、背後から千本桜に覆いかぶさる。

「ちっ……」

 出力を上げて泥を突き破ろうとした千本桜に対し、姿の見えない水沼さんは〈縮〉で圧力を上げることによってさらに時間を稼ぐ。直後に千本桜は殺気術《廻天》で周囲の泥を吹き飛ばすが、その数瞬が僕に十分なタメの時間を与えた。唯我さんと桜君は既に距離を取っている。

「《爆心・轟》」

 掌では防ぎようのない広範囲の衝撃波が千本桜を襲う。廃工場の中に巨大な空洞が生まれ、吹き飛ばされた廃材が古く朽ちかけていた壁や天井を抉り、さらに荒廃の度を押し進めていく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 僕は虚脱感とともに肩を落とす。床は跡形もなく吹き飛んだので、一瞬後には落下が始まる。

 そこで僕は人の気配を感じ、脱力しきった顔を辛うじて上げた。

 千本桜が、抑えきれない怒りを顔に滲ませながら、浮遊していた。

「今のは、痛かったかな」

 服がちぎれ、口の端や身体の各所に血がにじんでいる。しかし致命傷には至らなかったようだった。

「受け流すのにもかなりの殺気を使わされたしね」

「……ひっ」

 その練り殺すような怒気に僕は本能的な悲鳴を上げながら、《劫心掌》による逃走を選択する。しかし背を向けて飛翔する僕に千本桜は即座に追いつく。元々の速度でも負けているのに、出力の落ちている今、逃げ切れるはずもない。

 無様に逃げる僕の背に千本桜が蹴りを叩き込む。背骨やあばらがまとめて折れるような気がしたが、千本桜の殺気出力も一時的に下がっているらしく、それほどではなかった。

 しかし工場前の広い駐車場の中央付近に叩き落とされた僕は、立ち上がろうとして血を吐き、ひび割れた古いアスファルトの舗装路の上に倒れ込む。

「死になよ」

 降り注ぐ声とともに大きな殺気の気配が空から近づいてくる。

 水沼さん……そう期待しながら地面を見つめる。しかしアスファルトの路面は硬いままだ。ここまでの移動が間に合っていないのかもしれない。

 無理だーーそう思いながら目を閉じる。しかし次の瞬間、僕の直上まで近づいて来ていた千本桜の殺気がバチィッッッという音と共に弾かれるように離れていった。

「危ねぇ、危ねぇ……今、お前を失うわけにはいかないからな」

 近づいてきた太く低い声は桜君のものだ。状況を考えるに《貫國》で助けてくれたのだろう。

 次いで傍に着地する音とともに「待たせたな、沁」と唯我さんの声がした。

 さらに手をついていた地面が柔らかくなるとともに僅かに手が沈み込む。縁下さんの声とともにその手が握られる。

「今までの戦いから、天羽さんに残りの殺気を託すのが最善だと確信しました。よろしくお願いします。千本桜を……あの可哀そうな子を止めてあげてください」

 握られた手から縁下さんの殺気が流れ込んできた。僕の身体を癒すとともに僕の身体を包み、殺気を回復させる。

「すごい……三割、四割……これなら……」

 元々縁下さんの殺気量は多い方らしい。とはいえ僕が到着するまでにも相当消耗したはずなのに、これだけの殺気が残っているというのは縁下さんの技量が優れているからに他ならない。

 本当に縁下の力持ちのような縁下優視さんに小声でお礼を言いつつ、力の戻った身体を起き上がらせようとする。

 すると細い指が肩を掴んで引き起こしてくれた。振り返ると泥の中から姿を現し、微笑んでいる水沼さんがいた。

「ふふ、ここが最後になると思うと直接顔を見て話したくなって……頑張ってください!」

 その無邪気な笑顔を見ながら、僕は思う。……ああ、ここまで頑張ってこれたのは、あの時コンビニの横で膝を抱えていた君を見つけたからなんだ。君のような人を守りたいと思って、それを僕は心の支えにして、ここまで来れたんだよ。

「……ありがとう。頑張る」

 短く、かすれ声になってしまったが、万感の思いが籠った呟くようなその声に水沼さんは一瞬目を丸くする。しかしすぐに一層の笑顔を浮かべた。そして顔を近づけて耳元で囁く。

「……生きて帰れたら、キスをしましょう」

 身体を震わせながら水沼さんの方を振り向く。驚愕に撃たれている僕とは違って水沼さんは微笑んだままだ。

「……それは君が十八歳になってからかな」

「もう!」

 そう言って頬を膨らませると、ふくれっ面のまま水沼さんは地面の中に潜っていってしまった。

「おいおい、フラグを立てるのは勘弁してくんねーか? 一応俺にも帰りを待ってる彼女がいるんだ」

 そう呆れ顔で僕を見下ろしてくるのは桜君だ。唯我さんも「絶対帰らねーとなァ!」などと茶化してくる。

「……そうだね。絶対に生きて、みんなで帰ろう。……あの魔王を、倒して」

 そう言って僕らは空を見上げる。そこには左手の殺気を《神貫の槍》や《貫國》のように鋭く変化させた千本桜が浮かんでいた。

「……やっぱり王威から聞いただけじゃできなかったけど、直接見ると違うな。……そう言えば王威は……」

 そこで言葉を切って千本桜は僕に視線を落とす。

「死んだよ。海堂は僕達が殺した」

「……そう。やっぱり君達は、死ね」

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