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VS千本桜良3

 タイミングを見計らって沼の床を通り抜けて地下1Fに出る。そこでは桜君と千本桜が打撃戦を繰り広げていた。

 二人とも余裕の表情を浮かべているように見えたが、実際の戦いの様子は圧倒的に桜君が押されている。しかし千本桜の方がどこか苛立っていた。

「《空撃・膝撃》ッ!」

「ーーッ、めんどくさいな……」

 その理由が今、示された。桜君のどこからでも放てる高速・中威力の遠隔打撃《空撃》。千本桜でも受け流せないほどに速く、予想外の部位から飛んでくる《空撃》が千本桜の体勢をコンマ集秒崩させ、攻撃を中断させていた。

 そしてその一瞬は押されていた桜君が構え直すには十分な時間だ。それでも《空撃》を一度でも有効な形で使えなければ即座に畳みかけられるのは見て取れたし、結構な綱渡りだっただろう。ダメージもかなり蓄積しているようだし、そのままだとジリ貧だったことには違いない。

 僕らが背後から姿を現したのを察知してか、千本桜は桜君から離れ、僕ら三人を視界に収められる位置に移動する。

 桜君が叫んだ。

「分かってると思うが言っておくぜ。こいつの格闘センスは上の上だ! おそらく軍隊式格闘術と合気道を修めた上に自分の殺気術に合わせて改変してやがる!」

 桜君独自の評価軸、格闘センス。確か僕は辛うじて中の上、唯我さんが上の下、桜君自身は上の中だったか。

「ふふ、よくわかるね。合気道はともかく、軍隊式格闘術はまともに教わるには海外に飛ぶしかなかったよ。あと中国拳法は申し訳ないけど奥義の発勁だけ教えてもらった」

 格闘術は殺気遣い同士の戦闘においても勿論重要だ。〈機関〉でも訓練カリキュラムに入っていて、僕も一応受講してはいる。

 唯我さんがにやりと凶悪な笑みを見せる。

「そうかよ。でも囲んでフクロにしちまえば関係ないんじゃねぇかァ?」

「……そうだな。タイミングを合わせろッ! 遅れるなよ、沁!」

 二人で千本桜に突っ込んでいく。僕も遅れないように、即座に殺気術を放てるように構える。

「……《空撃・拳打》」

 疾走中に僅かに拳を引いた桜君が神速の遠隔打撃を放つ。千本桜の脇腹にヒットした《空撃》は、千本桜の体幹をずらし、体勢を崩した。

「今だッ!」

 その隙を狙い、僕の《劫心・洪》、唯我さんの《重インパクト》、そして桜君の出力を上げ〈硬〉で固めた回し蹴りが放たれる。

 三つの同時攻撃の位置や力のベクトルを把握し、それぞれに対して瞬時に最適解を算出しなければいけない。

 これは流石に受け流すのは無理だろう、そう思い、そしてそれは半分正解だった。

「《廻天》」

 最初に水沼さんの奇襲を防いだ時に使った殺気術を、千本桜は再び発動する。身体を回転させながら殺気を放出、周囲のあらゆるものを弾き飛ばす。

 それぞれの攻撃は回転の方向へと半ば受け流されたように弾かれる。体勢の崩れた桜君と唯我さんのうち、狙いやすいと思われたのか、唯我さんの方へ回転の勢いを乗せた回し蹴りが放たれる。

「ーーッ、《爆心》ッ!」

 あまりに速く、流れるような回し蹴りに僕が使えたのは最も発動の早い《爆心》のみだった。二人の中間点で爆ぜた《爆心》は僅かに唯我さんを仰け反らせ、後方へと押す。

 しかし千本桜の蹴りを止める効果は全くなく、発生した衝撃波を斬り裂いて、一切の減速なくその脚が唯我さんの頭部に叩き込まれようとする。僕が《爆心》で僅かに下がらせたとはいえ、その距離は全く足りていない。

 その足りない分を、唯我さんは頭部を覆う殺気に重さを加え、さらに仰け反ることで補った。

「でもこれでも崩しきれないのか……、《廻天》があるんじゃ同時に攻撃しても……」

 僕の呟きが聞こえたわけでもないだろうが、桜君が叫んだ。

「これでいいッ! もう一度同時攻撃だッ! いや、何度でも繰り返すッ!」

 理由はわからない。恐らく唯我さんにもわかっていない。でも桜君が言うなら、なにか突破口があるのだろうと息を合わせての同時攻撃を続ける。

 攻撃するたびに《廻天》で弾かれ、体勢を崩した二人のうちどちらかが狙われるものの、僕や水沼さんのサポートによってなんとか致命傷だけは避け続ける。

 そしてやりあうこと十数合、その瞬間は訪れた。

 千本桜が《廻天》で三人の攻撃を弾いた。その後は隙を見せたどちらか二人へ打撃を加える、というのが通常の流れだったのだが、その瞬間は違った。

 千本桜が目を泳がせる。まるで身体は止まったものの、瞳だけが慣性に引っ張られたかのように。

 桜君の《空撃》が一瞬ふらつきさえした千本桜の頭部に叩き込まれる。

「その殺気術、緊急用だろ? こう何度も連続使用するなんて想定していなかったはずだ。だからこんな、『目が回る』なんてことが起こる」

 勿論千本桜は訓練しているんだろうし、目が回る頻度も、回復までの時間も抑えられているだろう。だけれど何度も何度も回転していれば、そのうち一度くらいは目を回す。それが一瞬だったとしても、その一瞬を狙いすましていた者にとっては、

「ーー十分だぜ」

 体勢を崩していた桜君が、《空撃》を放った左拳を開き、床につく。そして身体を横に倒したまま、右脚を大きく上げて振り下ろしの一撃を放った。

 なにかしら突破口が現れることを信じていた僕と唯我さんも瞬時にその隙に反応する。同じく反応した水沼さんの補佐を受けて瞬時に立て直した唯我さんが斜めに振り上げる《重クォータースマッシュ》を、僕がなるべく出力を上げた《劫心・洪》を放つ。

 千本桜の瞳の焦点が合う。だけど今から《廻天》を発動する時間はないはずだ。千本桜は《廻天》の残身で上がっていた両腕の掌をそれぞれ近接二人の攻撃に合わせる。

 でも千本桜の殺気は正面から敵の攻撃を受け止めるには頼りない。そして背後からは僕の《劫心・洪》も迫っている。倒せはせずとも、大きく消耗させられるはず。

「ーー〈勿勿忘草〉、《忘却のてのひら》」

 千本桜の掌を異質な殺気が包み込む。そしてその殺気に触れた二人の攻撃は、その動きを忘れたようにピタリと止まってしまった。

「なッ、ーー」

 そして、千本桜の背中を中心に、突き出した岩によって分かたれる滝の流れのように、左右に受け流された僕の《劫心・洪》が二人の身体を飲み込む。

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