VS海堂王威 Re8
今考えてみれば海堂は堅さや火力には優れていながらも、スピードや小回りに欠けていた。それは紅龍に意識を明け渡した今、一層顕著になっていた。
「……そこを、突く」
放たれる死の咆哮、多種多様な小龍の群れをかいくぐり迎撃しながら、僕らは一度とってしまった距離を再度縮めていく。一度でも雀ちゃんとの連携が失敗してしまえば死が確定する、境界線上の舞踊だった。
空間を削り取るような轟咆をかわすと、僕ら二人は別れ、紅龍を挟むような位置を目指していく。
紅龍とその中にいる海堂の紅に沈んだ瞳が一瞬僕らの間で揺れ動く。紅龍が選んだのは僕だった。
僕ら二人へと向けられていた暴虐の嵐が僕一人へと向けられる。
「ク……ソっ」
全ての小龍をかわす余裕はない。僕は身の一部を貫かれることを許容しつつ、顎から放たれる弩砲だけは絶対に回避していく。
僕が血飛沫を上げながら飛翔する反対側、紅龍と海堂が一時的に視線を切った先から雀ちゃんが迫る。
「こんにゃんじゃたりにゃい……もっちょ。もっちょ! ちゅらぬくための、かたちをっっ!!!」
今までの雀ちゃんの攻撃では紅龍の身体を貫くことはできない。
雀ちゃんの左拳に殺気が集まっていく。今までになく研ぎ澄まされた一撃の形は、奇しくも萬屋さんの《神貫手》に酷似していた。
小さな体の細い左腕が、〈剛〉〈操〉の適性を存分に生かした必殺の槍と化す。高出力の殺気が一か所に集約される時に特有の高い耳鳴りのような金属音が響き渡る。
残された殺気の大半を費やした貫き手と共に、雀ちゃんは疾走する。
数歩でその身体に届く、という時に紅龍は振り向きざま右腕を振るう。腕の振りに合わせて《真・紅鳴砲》と変わらない威力の〈放〉が広範囲に撒き散らされる。
身体を守るための〈剛〉を足に移動させ、触れただけで死ぬような防御力にまで落としながらも、雀ちゃんは振るわれた腕の下に踏み込んだ。
薙ぎ払いにより晒された紅龍のわきの下。上半身だけをねじるように振り返った海堂の右半身へと雀ちゃんは左の貫き手を繰り出す。
「うにゃぁぁぁぁあああああッッッッ!!!!!」
殺気がほとばしり、突き込んだ左手がギョリギョリギョリと金属塊を掘削するような音と主に紅龍の脇腹へと沈んでいく。しかし紅龍の本体である海堂の肉体へは届かず、十五センチほどの距離を残して止まった。
半分以上は貫いたとはいえど、まだ三分の一は残っている。己の誇る絶対の盾ににやりと笑みを浮かべた紅龍は、その顎へ光弾を集約させた。
「まだだぜ」
紅龍の意識が雀ちゃんに向いた一瞬の隙を突き、僕は紅龍に接近していた。紅龍の意識に統率された《尖蓋龍》たちは動きの鈍ったところを全て撃破している。
僕の〈創〉は敵の殺気や覆われた部分の内側に直接自身の殺気を発生させることはできない。でも、穿孔の内側なら。雀ちゃんが貫いた空間の、その先端であれば。
雀ちゃんの左腕から殺気が失われていく。しかし同時にその伸ばされた指の先に、煌めく恒星のような殺気が生み出された。
それは急速に膨張し、凄まじい圧力と共に周囲のあらゆるものを飲み込んでいく。
「《爆心・轟》」
視界を光が埋め尽くし、衝撃波に巻き込まれた僕も意識を失った。
暗転した意識が暗闇から徐々に戻ってくる。頬に小石の感触を覚えながら瞼を上げると、爆発の直前に〈いつでも一緒〉で空間を跳躍してきた雀ちゃんが目を閉じて横たわっていた。
「雀ちゃん……」
僕の呟きにゆっくりと震える目蓋が持ち上がる。虚ろな瞳は僕を捉え、喜色を浮かべた。
「ようとにぃ……よかったぁ……」
僕は安堵するような感情と共に、どこか胸を締め付けられるような感覚も抱く。
しかしそんな胸の疼きは、じゃり、と小石を踏みしめるような音によって掻き消された。
はっと視線を下げると、右半身の大半を消失させた海堂が一歩一歩、こちらへ近づいて来ていた。頭部の一部すら失い、瞳の光をも失った海堂は、辛うじて残った左半身を動かして、ずりずりと僕らへと歩いてくる。
海堂の身体を覆う紅龍の殺気も右半分のほとんどを失い、残った左も本体である海堂の肉体が死に瀕していることで、僅かに形を保っているほどにまで出力を落としていた。僕らへ近づくために再生させたのであろう殺気で模られた右脚ですら、今にも霧散してしまいそうに見える。
「まずい……もう動けないぞ……」
僕も雀ちゃんも殺気を遣い果たしている。加えて威力を最大まで上げるために近づいたことで、僕もそこへ移動してきていた雀ちゃんも爆発の余波を浴びていた。
「くそ……もう少し距離を取るべきだったか……?」
考えても、遅い。離れたとしても海堂の肉体に届きすらしなかった可能性もある。今、起きている結果、これが全てだった。
半分がこそげ落ちた紅龍の顔には猛々しさも殺意すらも感じられない。むしろ紅龍に飲み込まれたはずの海堂の意思、その残滓や執念で動いているようにも見える。
海堂が足を止めた。そこは倒れ、見上げるしかない僕と雀ちゃんの足元だった。
「がぁ……くぅ」
情けない声を漏らしながらも必死に身体を動かそうとするが、殺気を消費し尽くした身体は言うことを聞かない。
海堂の頭上、紅龍の瞳に僅かに光が戻る。それは何かに命じられるがままに、半分崩れた顎に光を蓄え始めた。集まっていく殺気は紅龍の肉体を構成していたもので、薄れゆく紅龍の輪郭は、それが最期の〈放〉であることを示していた。
「クソ、くそくそくそくそ!」
僕はせめてもと一滴も残っていないはずの精神力を絞り出し、傍らの雀ちゃんに覆いかぶさる。
生身の肉体で殺気の攻撃を防げるわけがない。それしかできなかった自分を呪いながら、目を閉じた。
「……SHOOT」
「……ぷんぷくまりゅ」
直後、僅かに離れた位置から、地面を抉るような音が聞こえた。




