VS海堂王威 Re5
縁下優視さんの〈癒〉の残りが胸の穴を癒していく。これで付与されていた殺気は全て遣い切った。
二回目の治療、しかも致命傷になりうる傷ということで〈癒〉の殺気は全く足りなかった。内臓の治療を優先的に行ったせいで、体表面の傷は治療できず血が流れ出ている。穴だけは薄く塞がれていた。
「雀ちゃん! 大丈夫!?」
僅か五メートルほどの位置で起き上がり、前傾姿勢でしゃがみ込んでいた雀ちゃんに呼びかける。
「だいじょびゅ」
ごしごしと顔についた血を右腕の残った前腕で拭き取り、キッと気丈な瞳を海堂へ向ける。
「よかった。ぷんぷく丸は僕らの後方、十五メートルあたりの水の中にいるよ」
「……ありがちょ」
大体の場所が分かれば雀ちゃんの〈術〉は発動できる。次の瞬間には雀ちゃんの腕の中にぷんぷく丸が現れていた。二人の残った左手と右手が繋がれている。
「ぷんぷきゅまりゅ……」
雀ちゃんは片手片足になり耳もちぎれ、胴体にいくつもの穴が空き、ぼろぼろになったぷんぷく丸を抱きしめる。
「……ッ!!!」
《劫心・六重》を発動させ、雀ちゃんを狙った《紅鳴砲》にぶつける。雀ちゃんの姿が一瞬飲み込まれ、周囲の地面がえぐれるが、僕が殺気術で守ったことでぷんぷく丸を抱いた雀ちゃんは無傷だった。
「……お前ぇっっっ!!」
「ハッ、おままごとだと勘違いしてるんじゃねーか?」
僕は海堂を睨みつけるが海堂は軽く受け流す。
突如バガッという音がして僕と海堂は雀ちゃんの方を見る。音は雀ちゃんが〈剛〉を纏った拳で地面を大きくえぐったものだった。
静謐な雰囲気すら漂わせながら、雀ちゃんはその中にぷんぷく丸を横たえた。そしてざりざりと周囲の小石や砂で埋める。
「……っ、雀ちゃん、いいの?」
「……うにゅ。ようとにぃがいりゅかりゃ」
埋めた河原の上を手のひらで軽く均すと、僕を真っ直ぐに見た。
「だかりゃ、死なにゃいで」
僕はようとにぃではない。それでも僕は雀ちゃんのために、絶対に生きて帰ることを誓い直した。
「うん。僕は死なない。この世に幸福に生きるべき人が残っている限り」
君もその一人なんだよ、雀ちゃん。
「……あっけに取られちまったぜ。もういいか?」
僕達は海堂に向き直り、腰を低く落とす。
「……さて、分断してもあまり意味はなかったからな。俺も殺気を集中させるとするか。……戻れ、紅龍」
驚愕の表情を浮かべているだろう僕の前で、紅龍が殺気となって海堂へと吸収されていく。海堂の殺気が輝きを増し、その体積を増大させていく。
「ん? 来ないのか? なら俺からいくぜ」
海堂の頭の上で、ほとばしる殺気の一部が龍の顎の形を取った。
「《真・紅鳴砲》」
暴虐的な龍の息吹が発射される瞬間、僕は恐怖心で一瞬早く身体が動いた。
でなければ、確実に死んでいた。
雀ちゃん片腕に抱いた僕の後方で空間が消滅した。ほんの僅かに遅れて轟音が川の反対側の遠く離れた山肌で轟く。
今の僕たちがまともに防げる威力じゃない。
「オラ、休んでる暇はないぜ? さっきテメェの胸を貫いたやつだ。《尖蓋翅龍》」
海堂から溢れ出ている殺気の一部が《尖蓋龍》のような形をとって海堂から分離する。数は四匹。《尖蓋龍》との違いは背中に虫と鳥の中間のような羽が生えていることだった。
今の海堂は僕の射程外だ。だからすぐに撃ち落とすことはできなかった。
僕と雀ちゃんは一瞬のアイコンタクトをかわし、左右に分かれて海堂へと走る。間の距離はおよそ十メートル。
「……まずはテメェからだ」
四匹の羽の生えた小龍の全てが様々な軌道を描きながら僕へと迫る。
そして、僕の射程へと入った。
「《爆心・四連》」
それぞれの座標を小龍のすぐそばに設定し、ほとんど同時に四発の《爆心》を発動した。
しかし、その直前に小龍の羽が溶ける。なくなると同時に、その分の殺気が後方へと放出された。〈放〉の応用で一気に加速した《尖蓋翅龍》は僕の《爆心》をかわして残りの距離を一気に潰した。
「《爆心》! うぐぅッ」
とっさに全身から《爆心》を発動して最初の一匹を撃墜するもも、タイミングをずらして襲い掛かってきた残りの三匹に身体を抉られる。強化した〈剛〉をも突き破り、左上腕と右脇腹を削られ、左大腿は貫通した。
僕の反対側からは雀ちゃんが走り込んでいる。しかし海堂は一切そちらを気にせず僕へ向けて叫んだ。
「この瞬間は動けねぇだろ。消し飛べッッッ!!」
頭上の顎が開き、膨大な殺気の奔流が放出される。それは僕の身体に突き刺さったままの《尖蓋翅龍》ごと一瞬で僕を飲み込んだ。




