VS海堂王威 Re4
不意に聞こえた海堂の呟きの意味を理解する間もなく、背中へ響く衝撃と共に、僕の胸から殺気の尖頭が生えた。
何かが破れたように温かい血が気道を逆流し、口から撒き散らされる。
高速化した思考が状況を一瞬で理解した。どうやったかはわからないが、背中側から胸を貫かれた。致命傷かもしれない。なら、今、僕がやることは。
全霊を持って海堂を殺す。
「うぁ、ぁぁああああっっっ」
血を吐きだしながら叫ぶ。声がどこから出ているのかすらわからない。
崩れかけた集中を築き直す。伸ばした右手の先、下に添えた左手の上で、殺気の星が渦を巻く。
「耐えたか……。だがこのクマ一匹じゃあ、俺を抑えるにはちと役不足だろーよ。BLAST」
三対一の状況で海堂を囲むようにしていた一角、ぷんぷく丸の胸に海堂は手を当てる。範囲の広い、爆ぜるような〈放〉がぷんぷく丸を襲った。ぷんぷく丸は纏っていた殺気の全てを防御に回すも足りず、脚や顔の一部を更に失いながら元のぬいぐるみに戻って河原を勢いよく転がり、川の流れの中に落ちた。
が。
ぷんぷく丸が飛ばされる前にいた場所には雀ちゃんがいた。
「なっ、テメェ、クマを自分の元に瞬間移動させるだけじゃなく、テメェも……ッ!」
雀ちゃんの〈術〉、〈いつでも一緒〉。一定範囲内にある愛着のあるものを自分の元に、もしくは自分を愛着のあるものの元に、瞬間移動させる。唯一の条件は瞬間移動後に手を繋いでいること。
ぷんぷく丸は爆撃を受ける瞬間に残った右腕を背後に回し、そこに雀ちゃんは瞬間移動してきていた。
ほとんど挟むようになった僕と雀ちゃんは、それぞれ限界まで振り絞った一撃を放つ。
「《劫心・洪・閃》ッッッ!!!」
「《ぶれぇきゅはぁとしょって》ぇっっっ!」
海堂は雀ちゃんに向けた左腕に殺気を集め、〈硬〉と《龍鱗》で固める。同時に僕へ向けて右腕を上げた。
「《剛尖蓋龍》」
海堂の右手から小さな龍が飛び出してくる。頭蓋は《尖蓋龍》に比べても更に硬そうだ。僕は唇を噛む。
「そんなもので防げると思ってるのかッッッ!!」
舐めすぎだ。小龍程度、いくら強化したところで一瞬の足止めにもならない。
雀ちゃんの《ブレイクハートショット》と海堂の限界近くまで硬度を上げたであろう左腕が衝突し、巨大な金属球同士を超高速で激突させたかのような不快な爆音が轟く。
僕の《劫心・洪・閃》も海堂が出した小龍を大した苦も無く貫く。その先で海堂は右腕を突き出したまま、その掌で《劫心・洪・閃》を受けた。
「馬鹿なっ、防げるわけがないっっっ!!」
二人の必殺技に挟まれても海堂は一瞬は耐えた。おそらく両腕に偏らせて発動した〈硬〉と《龍鱗》は必死の攻撃を一瞬は防いだ。
しかし、海堂の殺気出力はその挟撃に耐えきるほどには高くなかった。
「だが、一瞬で十分なんだ。その一瞬で」
不意に手応えがなくなる。僕の一撃が地面にまで達したのか、河原の大小の石とその下の砂が舞い上がる。
「……致命傷は避けることが出来る」
粉塵はすぐに風にもまれて消え去る。右腕を肩の先から失い、背中にも抉られたような跡を残している。しかし海堂は《剛尖蓋龍》と右腕を犠牲にすることで生み出した一瞬で、僕の《劫心・洪・閃》をかわしていた。
「うにゃにゃにゃにゃ、こにょぉお……」
雀ちゃんの拳の殺気出力が落ちていく。僕の一撃を防ぐのではなくかわした分、左腕へ割り振れる殺気が多くなり、雀ちゃんの《ブレイクハートショット》は受け切られてしまった。
海堂は出力を落としていく雀ちゃんの拳を見て鼻を鳴らす。「……フン」そして殺気を放出しきってしまった右拳を無造作に打ち払い、その手首を握った。
「BLAST」
ボフッという音と共に雀ちゃんの右手が塵と化した。雀ちゃんは目を丸くして、失われた右手に視線を向ける。
一瞬の静止。
「いっ、いてゃゃああああ!!!! ぷ、ぷんぷきゅまりゅ……ぷんぷきゅまりゅはど、どきょ……ッッッ!!」
絶叫の直後、それがなくては殺気堕ちすると言われた心の拠り所、ぷんぷく丸を探して周囲に視線を走らせる。しかし川の中に落ちたぷんぷく丸は視界には入らない。
「あ、あ、ぁぁぁあああああッッッ!! あっ、アッ、ガァッッッ!!」
残された左手で顔を覆い、雀ちゃんはしゃがみ込む。失った右手の付け根も顔にぐしぐしと押し付けられているが、痛みに気がついている様子はない。
「雀ちゃん! 僕、僕がいる! だから、落ち着いて!」
宙に浮いたまま大声で雀ちゃんに呼びかける。雀ちゃんは僕に気がつき、ゆっくりと腕を下ろした。そして自分の血でどろどろになった顔で笑う。
「ようとにぃ……」
雀ちゃんは僕に左腕を伸ばす。まずい、それは、ダメだ。
「落ち着いて! 思い出して! それは駄目だっ! 今じゃないッッ!!!」
雀ちゃんを落ち着かせたとき以上の叫びに雀ちゃんは一瞬呆けたような表情をする。しかしすぐに自分を取り戻したようだった。顔に力が戻り、揺らいでいた〈剛〉の出力が元に戻る。
しかしその頬に海堂が放った回し蹴りが叩き込まれた。河原の小石の上を滑る雀ちゃんに更に追撃の〈放〉が浴びせられる。
「かってに無力化されるなら放っておくつもりだったがな。それよりテメェは胸に穴開けられてんだ。いい加減死んどけよ」
視線だけを僕に向け、海堂が呟く。同時に胸に突き刺さっているものの気配が変わった。
「……《爆心》ッ!!」
《尖蓋龍》らしきなにかが海堂の〈操〉の支配下に入ったと同時に、全力の《爆心》でそのなにかを消し飛ばす。
その直後、身体の左側を巨大ななにかで殴打された。
「……ガ、ハッ」
目の前の海堂に注意を向けすぎて背後への警戒が薄くなっていた。もろにくらった僕は飛翔する余裕もなく、血を吐きながら地面を転がる。飛ばされた先は奇しくも雀ちゃんのすぐ傍だった。
時間切れか。……いや、予想より長かったと言うべきか。
顔を上げる。紅龍が右腕を失った海堂を守るように、その長躯を宙に浮かべていた。
「……さて、第ニラウンドってとこか?」
神々しいとも言える紅龍を侍らせている海堂が、リーゼントの下で不敵な笑みを見せる。




