海堂王威再び
「……かなり近づいて来たな。そろそろスイッチ入れろよ」
縁下さんがハンドルを握るワゴン車の助手席から七瀬桜君が言う。二列目で横になって寝ていた唯我さんが起き上がった。
三列目の中央で小さくなっている僕の両側からは二人の少女が抱きついている。雀ちゃんは分かるとして、水沼さんはどうしてなんだ? ワゴン車が揺れるたびに腕に柔らかい部分が当たったりして非常に困った。
「ほら、二人とも離れて、もう着くよ」
両側の二人に声を掛ける。水沼さんは反対側の雀ちゃんを睨みつけて動かなかったので、先に雀ちゃんを促して身体を真っ直ぐに戻させる。それを見て水沼さんも離れた。
「ふにゅ、あっちゃかっちゃ……」
相変わらずの活舌で呟きながら、脚の間に挟んでいた全長一メートル半はあるクマのぬいぐるみ、ぷんぷく丸を抱きしめる。
「どきょまてぇいきゅの?」
「近くの町までだな。そこからの数キロは森の中を進む。言っ……」
桜君はそこで口を閉じた。事前の作戦会議で話していた内容ではあったが、責めても仕方ないと思ったのだろう。
「廃工場までは〈陰〉で気配を抑えながら進む。可能なら隠れたまま潜入し、殺気堕ちの実験体を殲滅する。〈組織〉のメンバーを相手にしている間に有象無象まで気にする余裕はないからな。手に入れた図面から実験場の候補地は地下2Fだ。潜入は俺だけで行い、殲滅開始と同時にお前らに突入してもらう。地下に目が向かないように派手に戦え。その他、地下2Fに千本桜がいて正に実験中だった場合などは都度指示を出す」
「ひとりでだいじょーにゃ?」
「……優視のバフを乗せた俺は一時的にA級中位ほどの力を得る。俺の〈術〉である〈物騙り〉による搦め手を用いれば格上喰いも可能だ。投げない《貫國》と〈陰〉の組み合わせは対多数の暗殺に向いている。一人で殺気遣いが十数人いるビルを制圧したこともある。まあ余裕だろ」
「……つーか、それなら直接千本桜を狙えばいいんじゃねーの?」
「僅かな時間とは言え相手をしたからわかる。あいつは無理だ。それより着くぞ。そこの食堂の前の駐車場に停めろ」
ペーパードライバーらしい縁下優視さんがどこか危なっかしいハンドルさばきでワゴンを停める。五台分くらいの小さな駐車場だったが、他には小さな軽自動車が停まっているだけだった。
全員が出たあと、縁下優視さんがキーを閉めてポケットに入れる。そして森の中へ向かおうとした時だった。
ガラガラガラ、と軽い木の音がして、駐車場の前の食堂の引き戸が開く。
「…………」
現れた人物は僕達全員を一瞥すると、食堂の引き戸を閉めたあと、入口から少し横にどいた。その流れの中でポケットからスマートフォンを取り出して頬に当てる。
「あー、良か? 〈機関〉の奴らに会ったぜ。……そう、あの何かと因縁がある奴らだ。……いや、あの飯屋の前だ。こんな辺鄙なところに観光……ってわけじゃあ、確実になさそうだぜ。一応帰ってきた方がいいんじゃねぇか? ……ああ。じゃあな」
リーゼントをピンと尖らせて素肌に革ジャンを来た海堂王威は、スマホを持っていた反対の手で通話を切ると、黒いジーンズのポケットにしまった。
「……で、誰から死にたいんだ?」




