赫目
一週間ほど連携を確認したり、工場の図面を手に入れようとしたり、色々と根回しをしたり、訓練したりした。その訓練の時に、僕は桜君に『赫目』のことを言われた。
「お前も、『赫目』を発症してるじゃねーか。それほどの戦いだったってことか」
「赫目……?」
「殺気を遣う時に朱色より紅に近い赫に染まる瞳のことだ。限りなく希少ってわけでもないが、それなりに珍しい。だがお前の周りは少し多いな。まず、萬屋鈴音がそうだった。それから唯我と雀もそうだ。……あと、千本桜良もそうだな」
僕は思わず二人の方を振り返った。雀ちゃんと戦闘訓練をしている唯我さんの瞳は、一ヵ月以上前に桜君に負けて涙を流して以来、他の人よりも濃い赫色に染まっている。雀ちゃんはその唯我さんの瞳と同じくらい赫かった。
「いや、雀ちゃんの方が少し色が濃い……?」
「雀の方が殺気堕ちに近いってことだな。瞳の色は理性がどこまで残っているかを示すパラメータだ。朱色から濃くなるごとに理性を失い、殺戮だけを求める怪物に堕ちていく。まぁ激情に駆られたり、理性のタガが外れるようなことがなければ、そうそう濃くはならないがな」
桜君は僕の瞳を真っ直ぐに見て言う。
「一度濃くなった瞳が元に戻ることはない。最近、殺気を遣った時に好戦的になる感覚はないか?」
僕は訓練での感覚を思い出した。「……ある」
「これ以上進行すると、殺気を遣っていない時にも精神に異常をきたすようになる。恐らく雀もその影響を受けている。気をつけろ」
「ありがとう……でもなにかメリットはないの? そういえば光ヶ浜透流と戦っている最中に瞳が熱くなって、それ以降なんか、いつもより少し殺気が上手く扱えたような……」
「まさしくそれがメリットでもある。殺気に順応し、基礎的な練度が上がるんだ。その結果、扱いが上手くなり、殺気術の習得速度が上昇する。短期的に見れば大した効果はないが、長期的に見ればかなりの違いになる」
僕は戦闘訓練を行っている二人を見る。唯我さんが手加減をしているとはいえ、双櫃雀ちゃんもかなり戦えている。数週間前に殺気遣いに覚醒したばかりの雀ちゃんが、だ。
僕がそれについて聞くと、桜君は目を細めながら答えた。
「まぁ雀の場合は覚醒してすぐで成長する余地がデカいから、という理由もあるがな。しばらくすれば成長速度は緩やかになるはずだ」
「なるほど、ポケルスみたいなものっていうことかな……」
「……まぁ、間違ってはいない。とにかく次、殺意に呑まれそうになったときは気をつけろ。下手したら一度に殺気堕ちに成り果てるぞ」
そう真顔で言う桜君の顔を見ながら、僕は一つの疑問に思い当たる。とはいえあまり適切とは言えない内容だったのでまごまごしているうちに桜君から聞いてきた。
「なんだ。なんか言いたいことでもあるのか?」
「……えっと、怒らないでほしいんだけど、桜君は『赫目』になるつもりはないの?」
「……馬鹿が。確かに千本桜に親友であるシラヒを奪われたのは赦せねぇ。だが俺には恋人の南加奈がいる。俺は加奈と結婚して、幸せな家庭生活を送って、老衰で死ぬつもりだ。……俺が守りたい日常の中には、俺と加奈の日常も含まれている。理性を失うようなハメに陥ってたまるかよ」
僕は概ね十歳年下の桜君の、年に似合わない重みを伴った言葉に一言も返せなかった。
「そもそも、なろうと思ってなれるものでもないしな。殺気の覚醒と同じだ。心底からの純粋な殺意を覚えても覚醒しない者、比較的浅い気持ちで覚醒する者、色々いる。『赫目』もそうだ。だが程度の差はあるとはいえ、全員が激情に襲われ、深い殺意を覚えたことに変わりはない。テメェは見かけによらず激情型みたいだからな。せいぜい注意しろ」
「……えっと、心配してくれてありがとう」
僕の言葉は素直に心の底から出たものだったが、桜君はややあっけに取られた顔をする。
「……フン、そういう腐女子が喜びそうなやりとりはいい。訓練を再開するぞ」
桜君は僕の胸倉を掴むと、僕を休憩スペースの外に投げ飛ばした。逆さまになった視界の中で、桜君が瞳を朱色に染め、好戦的な笑みを浮かべながら突っ込んで来る。
「そもそも桜君には『赫目』必要なさそうだなぁ……」
そう呟きながら僕は瞳をより濃い赫に染め上げた。




